正則の山行記録2/附属編・西沢渓谷

1dsc01391 実施日:平成20年8月12日/. 目的地:西沢渓谷(山梨県)/. メンバー:妻と私(57才)/.  異動に伴ない、車通勤になった。今の三菱グランディスでは燃費(ガソリンが高騰している)が悪く、思い切って車を買い替えることにした。グランディス最後のドライブになる。 妻のリクエストに答えて、西沢渓谷を見に行くことにした。 朝5時8分に我が家を出発。猛暑続きである。幸い曇りである。本日の天気予報。東京は午前中雨。山梨はどうかな!  お盆前なので、やや車も多い。首都高を抜け、八王子付近で雨に見舞われる。談合坂SA(サービスエリア)で朝食を兼ねて休憩。早朝から人が多い。いつもの豚汁がメニューにない。おにぎりとサンドウイッチを買い、屋外のパラソル付のテーブルで食事をする。  笹子トンネルを抜けると勝沼インターである。カーナビではこの先を誘導していた。しかしここで降りた方が早い。最初の信号で勝沼方面に右折すればよかったが、やや不安になり、次の信号の塩山方面へ曲がってしまった。市内を余計に走ってしまった。貴重な時間をロス。 国道411号線に出て、恵林寺の脇を通り、国道140号線に出る。  道の駅「みとみ」に寄り、トイレ休憩。すぐ先に西沢渓谷の入口がある。一番下の駐車場に車を入れる。すでに十数台駐車していた。陽を避けて木陰に。8時35分。山支度をして8時45分に出発。ループ橋の下を潜り林道を歩く。  休憩場(分岐)を過ぎ、更に進むと村営西沢山荘がある。元気な親子連れも歩いている。 最初の滝は三重の滝である。コンクリートで整備されている。やや観光地化され過ぎているのでずっとこんなのでは興醒めしてしまう。と思ったがこの先は自然の中にある登山道であった。ほっとする。 結構沢伝いに登るのでアップダウンがあり、ハイキング気分では治まらない。軽登山である。でも沢の景観はずっと続くので心はリフレッシュされる。何段にもなっている青々としている滝つぼ。滝から落ちる白い泡。すがすがしい清涼感がある。渓谷の橋を何回か渡る。この渓谷は日本一かもしれない。そう思えるようになってきた。 雄大さはないが日本の渓谷美を満足させてくれる。30年前に国師岳を目指してここを通ったはずなのだが、このすばらしい渓谷美の記憶がない。どうしてかな! やや洞窟になった母胎淵を過ぎ、カエル岩を過ぎる。急坂を登ると目の前に七ツ釜五段の滝が目に飛び込む。10時30分。 208081201380 感動である。妻に誘われてここに来て良かったと思う。一度来ているので余り期待していなかったのである。シャッターを何回も押す。...... 滝の先で道から降りて、沢へ降りた。「ここで昼食にしよう!」お腹のすく時間である。10時40分。岩に腰を下ろし、おにぎりとパンを食べる。また麦茶が旨い。20分後にまた再開。 後ろから来た中年男性が我々を追い抜き際、草花を取って「これ、なんだが分かりますか!」と突然質問してきた。私が見ても分かるわけがない。「いや~分かりません!」色々講釈してくれた。「コシアブラの木」だそうだ。葉を天ぷらにするといいとのこと。 08081201402 何の変哲もない低木の草木である。特徴がないので覚えられない。とりあえず写真に収めた。  また坂を登りきったら、西沢渓谷の折り返し点である。ベンチには何組かの人達がお弁当を広げていた。トイレもある。その先には軌道跡があり、レールが付いていた。昔をやや思い出したかな!この先は荒れていて国師を断念して引き返した場所である。  我々も木の根っこに腰を下ろし、青森県産の太陽というプラモをかじる。大きいのであごがはずれそうである。 11時15分。 15分ほど休憩して下る。 下りは軌道跡を歩くので、平坦な道をゆっくり下がる。途中、小型ブルトーザーで道を整備していた。楽なコースであるが、1時間30分歩くのでちょっと長く感じる。 崖下20メートルに2頭の鹿がいた。私が喜びの声を上げたのでびっくりして逃げていった。妻から「変な声を出すからよ!」となじられる。写真に収めようとしたが間に合わず。残念!そういえばもうひとつ、妻がへびとご対面していた。妻が先行して、カエルの岩付近(西沢渓谷)で「キャアー」と悲鳴をあげたらしい。私は滝の音で全く聞こえていなかった。妻に近づいたら、「ヘビが出たの!」と教えてくれた。後の祭りである。足元でヘビが横断していったらしいる。またひとつ思い出になるお土産話が増えたのである。 広い林道に出て、ネトリ橋を渡れば、丁度このコースの一周が完結する。この頃には陽が射して蒸し暑くなっていた。やはり午前中に歩いた方が良い。それでも若いカップルが気軽な格好ですれ違いざまに渓谷に入っていった。 駐車場に午後1時丁度に到着。朝寄った道の駅で、パンフレットを見て、日帰り温泉を探した。更に道の駅「花かげの郷まきおか」に寄り、妻のお目当てである農産品を見たが、品数が少ない。どうも甲府の先にある豊富の道の駅に比較して規模が小さすぎたようだ。期待はずれである。源泉の湯に浸かるつもりであったが、中止にして帰ることにした。 桃と野菜(きゅうりなど)は買ったようだが、ブドウがない。勝沼でぶどう園のある店に寄り、色々なぶどうを買い込む。 帰りにも談合坂SAによる。どういうわけか銀座並みの人ごみである。大きいたこ焼きを食べる。 渋滞に嵌らないうちに帰ろう。上野原、赤坂で多少の渋滞があったが、我が家に午後6時に着いた。 参考 ①歩行時間(距離:約11Km)  上り2時間15分  下り1時間30分 (合計3時間45分) ②歩行記録 西沢渓谷駐車場(30分)西沢荘(1時間20分)七ツ釜五段の滝(10分)沢(昼食20分/15分)西沢渓谷終点(15分休憩/軌道跡:1時間30分)駐車場 ③交通費 (走行距離 357Km) 13400円(ガソリン代、高速代)

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正則の山行記録2・東京WALKING第6回<花見川上流>

108022800833 <写真:花島公園> 平成20年2月28日(木)/ 「花見川の上流を目指して」 今回は東京近隣の川を散策してきた。千葉県の東京湾に注ぐ花見川である。 スタートは新京成線の滝不動駅。12時30分頃。天気も上々である。およそ30Kmの歩行時間を想定した。 ザックにパン1個とペットボトル、おやつ(飴等)とカメラを入れて、快調に歩く。高根公団前を通過し、高根台中学校(12時55分)を左折し、すぐ右折する。真直ぐ行くと、成田街道に出る。13時17分。 花見川団地を目指すつもりが実籾駅方面に進んでしまう。近道を選んだつもりがものすごい遠回りになってしまった。やや右足の関節が痛むが我慢しているうちに治ってしまった。 花見川団地を通過すると花島公園に出る。14時20分。昼飯は我が家で済ましたのだが、お腹がすいたので、ザックにあるパンを食べる。若いお母さんが小さいお子さんを連れて、楽しそうに散歩している姿が目立つ。10分ほど休憩して、花見川に出る。ここから下流はよく散歩やサイクリングをした。この反対の上流は未知の世界になる。その上流を目指す。鬱蒼とした茂みに囲まれた川沿いを歩く。観察用に鳥の絵と名前が載った看板があちらこちらにある。鳥の鳴き声がするが観察する暇もないので急いで歩く。 途中2箇所で堰堤工事があり迂回する。八千代市に入ると花見川は新川と名前が変る。やや歩きづらく迷う所だ。 京成線を潜り、左岸(下流から見ると右側)に渡り、また右岸に渡る。桜の木が植えてある。春にならば見物客が多いのだろうと推察する。土手沿いの道は整備されていて、歩きやすい。更に東葉高速線を潜る。15時40分。通学帰りの高校生達が多くなる。釣り人も目立つ。 八千代の道の駅(国道16号)が見えてきた。このまま川の上流を進めば、印旛沼に向かう。今回は富士見橋で左折し桑納川(かんのうがわ)に入る。16時12分。500メートルほど先は小船が往来できそうだが、その先は川幅が狭く、汚れている。また堰堤の道もなくなり、田んぼの脇道を歩く。川が二つに分かれているところに来る。左岸よりの川(木戸川)は農水路となり右岸の川は工事中となっている。右岸の川の方が川らしい。こちらに進むことにした。ところが桑納川の右の土手にいたので、木戸川を渡らなければいけない。渡る橋が見当たらない。1回車道に出て、随分遠回りを強いられる。先ほどの川の分流点に戻る。工事中でブルドーザーが置かれていた。土手は枯れ草でぼうぼうで歩けない。田んぼのあぜ道を通り、上流へと向かう。 08030400841 <木戸川:写真/高根台さくら公園が源流> 上流へ向かう道もなくなり、車道へ出るしかない。川を見失わないようにトボトボ歩く。電柱に坪井町とある。何処へ出てきたのか不安である。どうもこの川の河川工事があちらこちらで見受けられる。川から離れないように、人家の脇道を通り抜ける。 とうとう川の源だろうか、調整池に出た。この周辺も工事中なのか、柵で覆われていた。やっと川の旅も終りである。日もどっぷり沈んでいた。増築中の公園の脇から抜けて、広い車道に出た。どうやら日大(理工学部)の裏に出たらしい。もうくたくたである。右足の関節も痛み出し、足を引きずりながら歩く。この周辺は東葉高速の日大前駅(地下駅)が出来、新興住宅地として変貌してきている。都内へ1本で行けて便利であり、静かな学園街(日大の付属中学、高校と理工学部、薬学部がある)なので一戸建ての穴場だと思う。  日大理工学部の正門を通り、船橋東署を通る。振り返ってみると、もうちょっと早く帰れたかなと反省。まずは実籾駅の遠回りと堰堤工事が多く、余計な遠回りをしたことだ。それと大事なことは手元に地図がないのである。全くの感で歩き通してきた。ある程度頭に地図が入っているが、細かい所は解らない。今回の散歩は事前に思いついた行動なので仕方がない。ところで最終の川は坪井川である。桑納川から上流の川は詳しい地図帳で調べないと解らない。歩行中には表示物がない。大きな川であれば橋に掲示板がある。家に帰り、調べるのも楽しみなのである。.....足の靴擦れも気になる。腰周りに筋肉痛なのか肩がこるのと同じようなパンパン状態である。気持ちは急いでいるのだが、一向にスピードが上がらない。やれやれ! 滝不動駅に着いたのは18時40分。走行距離は35キロメートルでした。 追伸:3月4日に自転車で坪井川の分流である駒込川の源流も確認してきた。船橋総合体育館の脇にある調整池である。<下記写真> 08030400853

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正則の山行記録2/附属編・東京WALKING第5回<神田川>

実施日:平成19年7月13日/ 目的地:神田川(柳橋~小石川橋/3.6Km)/ メンバー:単独。 今日は山梨県の秋山・二十六夜山に行く予定でした。生憎台風4号が接近し、梅雨前線を刺激しているので、急遽変更し、都内の散歩コースにしました。 前回はレインボーブリッジから晴海埠頭、芝浦埠頭を見下ろす素敵な景色を満喫しました。今回は曇り空で午後から雨の予報なので、折畳み傘を持って出かけることにしました。 我が家を午前8時ごろ、「善は急げ」とばかりに出てきました。早朝だと20分で火星駅(仮称)に出られるのですが、この時間帯は40分かかりました。「不便なところに住んでいるな!」といつものように実感していました。 火星駅から快速で馬喰町に出ます。この駅で下車するのは初めてです。極めていい加減なスターとでした。要するに隅田川に出られれば良いと大まかな感覚です。C1の出口に出ると、どうやら京葉道路と靖国通りに出たようだ。「よかった!」。見覚えのある道でした。墨田川は目の前。両国橋を渡り、「はて、神田川はどこだろう」と考え込んでしまいました。右手に両国ジャンクション(首都高速)、墨田川左岸沿いに首都高6号線(向島線)があります。地図を取り出してみれば、右岸に神田川の入口があります。「何だ!川を渡る必要がなかった!」 070713f0004 (写真:隅田川から神田川入口) 引き返して、靖国通りを横断しました。2,30メートル先に狭い柳橋があります。「さあここから、スタートです。」 この川は武蔵野市の井の頭池が水源で、途中善福川や妙正寺川と合わせて、この隅田川まで26Kmあります。今回はここから溯ること3.5Km地点で日本橋川と分岐しているところまで行くことにします。 柳橋から上流を窺うと、両岸にぎっしりと屋形船が係留されています。夜になれば粋な江戸見物が出来ることでしょう。 070713f0007 (写真:柳橋から浅草橋を窺がう) 次に浅草橋。この名前の由来は浅草御門前(奥州街道と浅草観音が通るこの地に、江戸城の警護として築かれた門)にあったことから浅草御門橋と呼ばれていた。いつしか浅草橋となったそうです。 次の橋は意外と通行量の少ない、静かな通りです。左衛門橋(この付近に庄内藩主酒井左衛門邸があり、その名前からきているらしい)である。 070713f0013 (写真:左衛門橋) 美倉橋に来ると、屋形船の姿は見えない。公衆トイレも和風の瓦屋根である。「この界隈を流れる神田川の土手は柳並木があったことから「柳原土手」と呼ばれていた。岩本町周辺は江戸城から見れば、鬼門(北東方向)に当る。柳森神社の社伝によれば、大田道灌が鬼門除けに稲荷を祀り、柳を植えたのが始まりといわれている。~」岩本町の掲示板より。 070713f0017 (写真:美倉橋) この川は総武線に平行している。浅草橋駅を右手に見て、小さいオフィス街を進む。 急に車両の通行料が増す。和泉橋の上は首都高1号線(上野線)である。歩道橋を渡る。 070713f0022 (写真:和泉橋) 秋葉原駅が右手にある。総武線と山の手、京浜東北線、新幹線がクロスしている。歩道の街路灯に「神田ふれあい橋」という看板がある。細い路地に入ると新幹線の隣に人間と自転車の専用の橋があった。 070713f0028 (写真:神田ふれあい橋) 070713f0030 (写真:秋葉原電気街と万世橋) 次に広々とした万世橋がある。賑やかな秋葉原の電気街が目の前に広がる。橋の上流左側に赤レンガの(昔の)交通博物館がある。 電気街を過ぎると、昌平橋(この橋は古く、芋洗橋、相生橋などと呼ばれていたこともある)である。総武線が神田川を渡り、御茶ノ水駅で中央線と合流します。 070713f0039 (写真:昌平橋から聖橋を望む) 湯島聖堂を過ぎて、川を振り返ると左岸から地下鉄(丸の内線)が川を横切って、JR線の下を潜って地下に入ります。すると頭上には聖橋があります。 まもなく人通りの多い御茶ノ水橋に出ます。右手は東京医科歯科大学病院と順天堂病院があります。この橋から川を見下ろすと緑に囲まれた渓谷沿いに黄色い電車が走り去っていきました。ほんのちょっと癒されます。 070713f0047 (写真:御茶ノ水橋から上流方面) 右岸沿いに歩きます。神田上水懸樋跡(徳川家康は江戸の入府に先立って家臣の大久保藤五郎に上水の開鑿を命じた~と説明あり)があります。 070713f0052 (写真:水道橋) 水道橋は後楽園があり、一段と賑やかなところです。市兵衛河岸(岩瀬市兵衛の屋敷があった)があり、今は防災船着場となっています。 070713f0058 (写真:後楽橋から小石川橋を写す) 070713f0060 (写真:神田川から日本橋川の分岐) さらに後楽橋を過ぎると小石川橋(寛永13年、江戸城外郭門が設けられた際に、備前岡山藩主池田光政によってここに見付が構築された。其の時に木造の橋が設けられたのが最初です)に着きます。 ここが本日の終点です。神田川の後楽橋と小石川橋の中間の右岸に日本橋川があります。(日本橋川上には首都高5号線<池袋線>があります)11時20分。馬喰町駅から約2時間15分でした。 振り返ると柳橋の下町雰囲気から始まり、浅草橋界隈の衣料雑貨問屋街、万世橋付近の秋葉原電気街、御茶ノ水橋の学生街、水道橋は後楽園を中心にする行楽街が続いていました。昔はこの川の沿岸に多くの河岸があり、春米屋(玄米を精米して江戸町民に販売する米商人)と青物市場が栄えていました。また水害も著しく、関口から下流の全ての橋が鉄砲水で一気に流されたという被害があったそうです。 帰りはまた歩きで中央線沿いに東京駅まで。12時20分着。雨に降られなかったのですが、蒸し暑い1日でした。 <順路> 柳橋~浅草橋~左衛門橋~美倉橋~和泉橋~神田ふれあい橋~万世橋~昌平橋~聖橋~御茶ノ水橋~水道橋~後楽橋~小石川橋 <参考:BRIDGE WATCHING 神田川橋梁群>

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正則の山行記録2/附属編・東京WALKING 第4回<レインボーブリッジ>

実施日:平成19年6月12日(火)/ メンバー:単独。 皆さん、「レインボーブリッジを歩ける!」って知っていますか。私は今回を含めて3回目になります。マラソンコースに散歩コースにいかかですか。約1.7Km、徒歩で20~30分かかります。「レインボーブリッジは二重構造の複合交通施設のつり橋で、下層は遊歩道、臨海道路、新交通ゆりかもめの軌道が走り、上層は首都高速11号台場線が通っています。」(東京港管理事務所港湾道路管理課パンフレットより)こんなすばらしい散歩コースは中々ありませんよ!但し、炎天下、風のある日は避けましょう。 まずは本日のコースをご案内します。夜勤明けで頭はボっーとしていますが浜松町駅からUターンしてJR田町駅へ。JR田町駅東口をスタートします。 070612f0004 午前9時30分頃出発。やや遅い通勤時間帯ですが通勤客がどっと吐き出されてきます。私も一緒に吐き出されますが、急ぐ必要もないので皆さんの邪魔にならないように端っこを歩きます。今朝の羽田空港は真っ白。視界が非常に悪かった。芝浦付近もやや霞んでいます。でもこれから晴れてきそうです。 田町駅から東京湾に向かってまっすぐ歩けば、レインボーブリッジの遊歩道の入口に行けます。運河を渡り、モノレールが上を走っています。ここはマンション群で高層マンションが周りにぎっしり。さぞかしセレブな方が優雅に過されているのでしょう。サングラスをかけて、子犬を散歩させているご婦人とすれ違いました。 首都高1号羽田線を潜ると、レインボーブリッジの高架橋が見えてきます。町の雰囲気も変り、港湾関係の倉庫がちらほら! 070612f0013 レインボーブリッジの下にある7階立てのビル(芝浦アンカレイジ)に出てきます。案内板の矢印に従って入れます。もちろん無料です。「無料っていいなあ!」と思って、臨港道路管理所の駐車場に前職だった黄色パトロールカーが止まっているのに気がつきました。覘いてみたら、昔の同僚先輩がいました。懐かしくて30分くらいおしゃべりしてしまいました。この人たち(調査員)は毎日、臨港道路の施設を見るためにレインボーブリッジを往復しているのです。雨が降ろうが、真夏の炎天下でも毎日欠かさず歩く(日曜日は除く)のです。ダイエットになるかもしれませんが、大変ですね。 ガラス張りの玄関から入場するとサウスルートとノースルートに分かれます。両方エレベーターが設置されており、7階まで上がります。玄関内にトイレがあります。道中長いのでここで用を済ませると良いでしょう。(開場時間4月から10月までは9:00~21:00、11月から3月までは10:00~18:00/休館日は毎月第3月曜日、自転車は不可) 7階に着くと、コンテナヤードと接岸されている貨物船が目に入り(芝浦埠頭)、その先に都心のビル群が見えます。通路を進むと臨港道路の脇に出ます。歩道がありますが、通過する車に圧倒されます。とてもうるさい。 070612f0028 青い海、東京湾を眺めているうちに気にならなくなりますが。中間部に来ると真下に自衛隊(他国かも)の艦船が晴海ふ頭に向かってゆっくり進んでいます。2隻のタグボートに付き添われています。艦船に白い服姿の水夫さんが甲板を歩いているのがよく見えます。写真を撮ろうと構えたら、橋が小刻みに揺れていました。この下約50メートルあります。そういえば、昔この上の高速道路から人が飛び込んだという話がありました。その後どうなったのか分りませんが。 070612f0024 070612f0032 品川台場(島)付近に来ると、サウスルートとノースルートがつながっています。下層部分の下を潜るとお台場の町と人口海浜公園が広がっています。緑が映える砲台跡の人口島も林立するコンクリートのジャングルと対象的です。ビル群の向こうに飛行機が低空で着陸していく様子が窺がえます。不思議な空間から不思議な国に遭遇したかのようです。 台場側入口に到着しました。車で来られる方は入口右側に有料駐車場があります。 070612f0048 浜辺では甲羅干しする若者が数人。そういえば日中、30度近く上がるそうです。すっかり晴れて、梅雨はどこへ行ってしまったのかな! 070612f0060 ビルを突き抜け、新交通ゆりかもめのお台場海浜公園駅に。新橋まで310円。 070612f0062 レインボーブリッジのウォーキングはこれでお仕舞い。途中、お昼を食べて帰宅しました。

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第200回 荒海山<会津>

Img046_1 実施日:平成11年5月22日

目的地:荒海山(1581m)<会津>

メンバー:私<48才>  写真:甘えん坊のお嬢さん・みかん

我が家の一員である猫のみかんが318日になくなった。前日、みかんが血尿を出し、動物病院で注射してもらう。妻は心配して、1階の居間でみかんと一緒に寝た。夜中330分頃、1階で変な声が聞こえた。1階に降りると「死んでいる」と力なく言い、妻は顔を私の肩に寄せ泣きじゃくるのである。妻のこの悲しむ顔を始めて見た。

12年ぐらい居たのかな!我が家の店頭にある自動販売機の下で見つけた、野良猫である。妻には懐いていた。私は度々しつこく顔を近づけると、鼻を噛む。そして一目散に逃げる。私はこの猫に嫌われていたのかも!

妻は間じかに、猫の死に目に会い、辛かったのであろう。2度と飼わないといっている。息子たちも人間以上の親しみで接していた。みかんのいない毎日もさみしいものがある。

みかんが小さいとき、山に行くときもザックの上に載せて連れて行った。変な家族に育てられて迷惑だったかもしれない。が愛情は人間以上に注いでいたつもりだ。

522

340分目覚し時計で起きる。星空だ。今晩はどうなるか分からない。テント一式も車に入れる。

4時過ぎに我が家を出発。ガソリンが半分しか入っていない。高速に入る前に岩槻手前で満タンにする。

蓮田、上河内SA(サービスエリア)でトイレタイムをする。高速上は100Kmで走る。西那須野インターで降りても、早朝なので車も少なく、80Kmで走った。

道の駅で、水筒に給水。国道352号を左折。会津高原駅を2Kmほど過ぎた二俣の道を左へ進む。鉱山跡に車が5台駐車していた。ちょっと先の川を渡ったところで車を止める。私の計画書どおり、830分に着いた。(正確には5分前)自分で自分を褒めるのもおかしいが、時間通りにことが進むものだ。我ながら感心する。

840分、出発。林道を少し歩き、沢に入る。涸れた沢を登る。標識もあり安心する。ホッとしている所へ、長靴を履いた釣り人が下山して来た。

 黙々と歩き続け、尾根に46分で着いた。急いだつもりはないが、ひとりで登ると早い。ここは1200メートル地点だと思う。会津駒ケ岳近辺の山は真っ白だ。まだ冬が終わっていないぞ!北国だな!と感動するのである。キツツキの「コツ、コツ」と小気味よい音がし、仏法僧が「ホッーホッー」と鳴いている。「みかんちゃん、聞えるかい。尾瀬に連れて行ったときも小鳥たちが囀っていたな!」覚えているかな!

この先はやたらと根っ子が剥き出しで歩きづらくなる。頂上付近でやっと下山する登山者に出会った。11時に狭い頂上に着いた。頂上で休憩している今年定年で辞めた方がいて、周囲の山を指差して、丁寧に教えてくれた。

1時間ほど休む。三角点はこの先で、人が余り入っていないらしく道が荒れていた。

下山時は石狩岳で買った鈴が「カランコロン」と私のザックから鳴り響く。加速して降りる。途中、根っ子に躓き、よろめく。このとき、年だと実感した。調子に乗るとケガをする。「気をつけよう。」自分に言い聞かせる。頂上ですれ違った人たちを全員に追い抜いて、麓へ。予定より2時間早まった。午後123分着。

会津高原駅が見える小高い所に温泉があった。500円の入湯料を納める。露天風呂があり、時間を忘れ岩に寄りかかりバタ足で湯をかき混ぜる。誰もいない贅沢なひと時であった。

缶ビールを買い、車の中で飲む。真っ青な空のもとで濃い緑の山々を眺め、ビールが命の泉となり、咽喉を潤し、胃袋に届くと、感極まる。「なんてうめい~んだ!」ひとりご満悦である。そのうち、ウトウトして眠り込む。3時まで休憩した。短時間で熟睡し、目を覚ます。

本日、テント泊まりを念頭に入れていたが、止めにする。また道の駅に寄り、土産を仕入れ、塩原温泉先のホウライ牧場でソフトクリームを食べる。

午後8時に我が家に着いた。我が家には誰もいなかった。どこへ行ったのかな?。

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皆様へ

この続きは「正則の山行記録3」(第201回目から)へ移行します。引き続き、お付き合いください。

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第199回 八経ヶ岳・日出ヶ岳<紀伊>

Mg087 実施日:平成11年5月1日~3日

目的地:八経ヶ岳(1914m/奈良県最高峰)・弥山(1895m)・日出ヶ岳(1695m/三重県最高峰)

メンバー:私<48才>、妻

写真:八経ヶ岳山頂からの風景

山登りもただ漠然と登っていても、つまらない。全国の各都道府県の最高峰を登ることにする。人生長いので、一年に一回ずつ登れば良いかな!そんな気持ちで、妻にも私の趣味を押し付けながら、奈良県と三重県へ行ってみた。

51日(土)

 ガイドブックを参考にして、計画書を作った。妻にも決して厳しい山登りではないと納得させる。

晴れ。4時に起きる。445分に我が家を出発。朝食はセブンイレブンでおにぎりを買い、車中で食べる。5月の連休なので多少の渋滞を覚悟。都心はさほど渋滞もなく、通り抜けた。浜名湖SAで昼食にする。昼は麺類が多いのだが、めずらしく中華丼にした。

さすが道中、長~い。名古屋手前から渋滞になる。忍。忍...である。

東名阪のSAで休憩し、伊勢自動車道に入るとぐっと車が減る。勢和多気ICで降りる。高速道路上の距離で約450Kmである。高速代は12000円くらい。三菱ミラジューなので、タンクもそんなに大きくないので、国道に出て、満タンにする。

国道42号線をひたすら、南下する。尾鷲で明日の昼食用のパンを買おうと沿道の店を見るが、コンビニがない。そのうち、狭い国道425に入ってしまった。この道がまた凄い。国道なのかと恐れをなしてしまった。車は全然走っていない。山岳道路である。カーブの連続。暫し狭い所もあり、砂利道も一部あった。峠も越えて、マイペースで走っていたら、後ろから若者の車が来たので、先を譲った。ちょっと先でガードレールにぶつかっていた。少し飛ばしすぎたのかな!心配したが、自走出来そうだ。我々は先を急ぐのでお先に失礼する。

やっと道らしいところへ出た。国道169号線。この道をスピードアップして北上した。天ヶ瀬で左折し、また山岳道路に入る。行者還(ぎょうじゃがえり)トンネルを抜けると、テントサイトがある。といっても平地のテント場と違い、施設は何もない。テントが10張ぐらい張れる。午後5時。乗用車が道端に30台位留まっている。やや地面が濡れている。適当な所を見つけ、幕営する。すぐ食事の用意をする。今夜はカレーライスだ。

52日(日)

230分に目を覚ます。330分に起きて、おでんを暖める。4時に妻を起こし、食事。447分に懐中電灯を照らし、出発。我々よりも既に早く登っている人がいた。すぐ急登である。どうも朝が早過ぎて、調子が出ない。女房のペースで丁度良い。奥駈出合に547分着。尾根道を進むと標高1600メートルの石休ノ宿跡に着く。ブナ林を更に進むと平坦な場所に出る。聖宝ノ宿跡である。聖宝理源大師の坐像があった。

尾根伝いの最後の登りで妻がやや遅れ出した。がマイペースで弥山小屋に744分に到着。妻はトイレに駆け込む。どうやら生理になってしまったとか。

小屋前の鳥居から右へ入ると祠がある弥山頂上に着く。また戻り、目指す八経ガ岳[1]へ。トウヒの食害防止ネット(鹿用)を何回も潜り抜けると、錫杖のある頂上に着いた。840分。展望が良く、見渡す限り山である。近畿の山は全然分からない。まずは腹ごしらえだ。おかゆを食べ、食後にあんみつ。

頂上も段々、人の入れ替わりが激しくなってきた。我々もテント場まで12時までに帰りたい。920分にここを下る。妻も疲れと生理に係わらず、頑張ってくれた。

1130分に戻れた。テントを撤収し、12時前に出る。国道169号線に戻り、次の目的地である大台ガ原へ走る。

国道から離れて、大台ケ原に入ると、大渋滞である。道路わきは駐車の車で一杯。上り下りの車両が身動きできない混乱状態である。駐車場に入り、妻はここで待つことになり、私一人で三重県の最高峰である日出ヶ岳へ出かけた。曇り空である。神社の参道を歩いているような感じだ。山登りに程遠い。午後1時45分に頂上へ着いた。三重県の最高峰をゲット!ここは人が多い。春休みの観光ルートなのだろう。

210分に車の所へ戻る。今日の宿を求めて大台ガ原ドライブウェイを下山。途中の道の駅でソバを食べる。お土産に地酒などを買い込む。

さてゴールデンウィークの真っ最中でお宿は見つかるだろうか。1件目の民宿は空きなし。大滝という所で民宿の看板を発見。運良く泊まれた。一泊二食8000円也。隣がすし屋である。夕食はすし屋である。こういう民宿も中々いいものだ。経営者が同じだとのこと。

53日(月)

今日は帰るだけである。地図を妻に見てもらい、針ICから名阪国道入った。

東名に入り、牧ノ原SAで昼食(フライ定食を食べる)兼休憩である。

渋滞の中を午後730分頃に火星(仮称)市内に着き、ラーメン店に入り、生ビールで疲れを癒す。ハードスケジュールでしたが、大満足な旅でした。


[1] 八経ヶ岳

八剣、仏経山とも呼ばれている。役ノ行者が法華経八巻を納めたという故事から八経ガ岳と呼ぶ説がある。

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第198回 雲取山・七ッ石山<奥多摩>

実施日:平成11年4月10日~11日

目的地:雲取山(2017m)・七ッ石山(1757m)<奥多摩>

メンバー:TACT山岳部:須藤、私<48才>

 真冬の恒例になって来た、長距離散歩。2月13日に成田空港から我が家まで歩く。50数キロある。7時間47分かかった。(途中、コンビニで昼食時間も含む)早いときは6時間台で帰り着く。この日は向かい風で少々きつかった。でも印旛沼から筑波山が見えて、「今日は見えた」とほっとするのである。平坦な道をトボトボと時には早足で、時には考え事が始まるとおそらく歩調も緩くなっているのだろう。単純な歩きだが、色々なことが頭の中で浮かんでくる。もちろん途中の景色で心もリフレッシュするのである。なにしろ長い時間、孤独で歩くのだから、それでいて孤独でもない。私の五感が私と対話しているのである。こんな贅沢な時間の過ごし方はないと思う。ただし、家に近づく頃には、ヘトヘトである。心に鞭を打ちつつ、後もう少しだと励まし、筋肉痛で動かなくなってくる足を引きずり歩く。ひたすら歩くのである。よそ様は馬鹿なことをしていると笑うことでしょう。でも人間には苦痛に耐える喜びがどこかにあるのかも知れません。それぞれ形を変えて。仕事でも苦痛から解放されるときとか、苦痛を乗り越えて自信がついた時などは喜びに変るのでは!家に帰り着き、靴下を脱ぐと特大の豆が出来ています。足の裏を見ると、つい声をかけてしまいます。「お前、良くがんばったな!」

410日(土)

曇り。603分、地球(仮称)停留所からバスに乗る。火星(仮称)駅で奥多摩までのお得なフリー切符を買う。新宿で須藤氏と合流。743分発、ホリデー快速で終点の奥多摩駅まで行った。910分に到着。留浦行のバスが925分発である。車内は空いている。奥多摩湖の周辺の桜は3分咲きである。1003分に留浦着。バス代610円を払って下車。

水を補給後、AGS体操をして15分に出発。車道を歩き、お祭りから林道に入る。雨が降り始める。傘をさして、ゆっくり世間話をしながら歩く。

林道の終点から登山道になり、30分ほどで三条の湯に着いた。午後250分である。山荘に入り、一泊二食付きで6500円を払う。大きな部屋に8人で寝る。下の小屋に10人程泊まっている。

6時から楽しみな食事である。ちょっと期待しすぎたかな!普通の山小屋の食事である。雨はしきりに降り続いている。下山者の話だと、山頂は吹雪いていたそうだ。もう春だというのに!明日の天気が心配だ。

411日(日)

530分に起床。残念だが雨である。6時に食事。705分に出発。

2人連れのパーティと10名のパーティを抜いて、雨の中を順調に登る。930分に山頂に着いた。アベックの登山者がいた。この山頂の避難小屋で泊まったとのこと。以外と立派な小屋である。須藤さんには可愛そうだが、何も見えない景色を後にして、七ッ石へ向かう。

七ッ石に11時頃到着。若かったら、このまま尾根伝いを奥多摩駅まで歩くのだが、ちょっと長丁場になるので、鴨沢へ下る。須藤さんの歩調も大分テンポが悪くなる。登りは強いのだが、下りはやや苦手らしい。

午後130分に鴨沢に着いた。バスの時刻表をみたが、この時間にはない。留浦まで歩く。143分始発のバスに間に合う。

215分に奥多摩駅に到着。これからが我らの楽しみが始まるのである。五目ラーメンと枝豆、餃子を注文し、ビールで乾杯。このひと時が何もかも忘れて、疲れた体と緊張の解けた脳が開放されて、顔の筋肉が相当緩み、奴隷から自由の身になったぐらいの喜びが湧いくる。

320分の新宿行ホリデー快速にあわせて、店を出る。

回りの乗客に迷惑にならないように、電車の揺れに合わせて、眠り込む。

我が家に6時頃到着。

 

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第197回 愛宕山・御殿山・伊予ヶ岳<房総>

Mg085 実施日:平成11年3月6日

目的地:愛宕山(408m)・御殿山(364m)・伊予ヶ岳(337m)<房総>

メンバー:TACT山岳部:那須、井下、私<48才>

昨年の宿題を果たすことにする。千葉県の最高峰である、愛宕山に。那須君と井下さんを誘う。事前に自衛隊・峯岡山分屯基地指令へ電話して三角点見学の承諾を得た。

36日(土)

今朝は亮(息子)もスキーに出かけるので、忙しい。私は火星(仮称)駅へ出かける。既に那須君が待っていた。彼のライトエースに乗り、720分に出発。京葉道路は渋滞である。井下邸(市原市)に30分遅れて着いた。また高速道路に乗り、姉ヶ崎で下りた。国道410号線を進む。

10時ちょっと過ぎに自衛隊基地に到着。ゲートで入構手続きをする。案内者が同行するらしい。すると婦人自衛官が来た。快い応対で気持ちが良い。三角点まで10分ほどでつくらしい。屋外に展示されている戦闘機?を見ながら、坂道を登る。あっけなく三角点に着いた。記念に山下さん(自衛官)にも入ってもらい写真を撮る。岡の上という感じ。「まあ!千葉県の最高峰、かつ自衛隊員引率という珍しい頂上であり、全国で此処しかないことだろう。」

車で国道410に戻り、岩井方面に入る。峠を下ると御殿山入口の標識が何ヶ所かある。一番手前の入口から少し入る。民家の手前で車を置いて登る。畑には大きな夏みかんが鈴なりに一杯なっている。1130分に出て、最後の急斜面を登ると1220分に頂上に着いた。井下さんは本格的なカメラ機材を担いで登ったので大分息を切らしていた。

頂上は我々だけだと思っていたが、3人連れがいて食事していた。太平洋が霞んで見える。先ほど登った円筒形の建物がある愛宕山が見え、西よりに双耳峰の富山と岩肌の見える伊予ヶ岳が望める。千葉の山も見捨てた物ではないと納得しながら弁当を広げる。

午後130分に来た道を戻り、また車で移動である。那須君と井下さんに千葉の良さを知ってもらおうと伊予ヶ岳に案内する。中学校の横に車を留めて、3つ目の山登りだ。午後2時に頂上に着く。山頂の北側は半分削られて、崖プチになっている。オオ恐い!。頂上の先に行くと、尾根の右下で奥歯の半分が虫歯で削られたように深く抉られている。土砂採取現場が丸見えである。山の少ない千葉県が段々削られていく姿を見て、愕然とした。ゴルフ場どころではない。山の形そのものが消えていくのである。......

3時に平群(へぐり)村役場に戻る。さすが低い山とは云え、3ツも山登りをすると疲れが出る。国道410線から帰り、久留里町を過ぎて、俵田駅付近に出た。渋滞である。運転手にすべてを任せ、ウトウトと眠りに入る。井下さん、私の順番で(730分着)、後は都内まで那須君は帰っていった。那須君大変お疲れ様でした。

(写真:御殿山から右:伊予が岳、左の双耳峰が富山)

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第196回 関八州見晴台<奥武蔵>

実施日:平成11年2月6日~7日

目的地:関八州見晴台(771m)・黒山三滝・大高取山(376m)<奥武蔵>

メンバー:TACT山岳部:9名(私/48才)

 関東の三大不動(武蔵の高幡不動、下総の成田)として有名な高山不動を見て、すばらしい展望台のある関八州見晴台(*1)へ登る。そして黒山三滝を見物する。その後は楽しいTACT山岳部の新年会が待っているのだ。翌日、予定外のハイキングも!今回は綾野夫妻、宮崎さん、原田君の珍しい顔ぶれの参加もありました。

26日(土)

 家の近くのコンビニで昼飯を買い、834分のバスに乗る。西武線池袋駅1階の改札口に950分に着く。那須君他3名が待っていた。改札口が地下にもあるので注意しなければいけない。全員が揃い、1030分発の特急レッドアロー号に乗る。いくつになっても特急車両に乗るのは気分がいいものだ。ウキウキして落ち着かない。

 飯能で乗り換えて、山村の西吾野駅で降りる。円陣を組んでAGS体操をする。125分に出発。快晴、文句なしの天気。人家の間を通りぬけ、山間の道を上がる。閉まっている茶屋で小休止。高山不動尊に午後120分着。ここで昼食にする。

 2月の太陽ではあるがまぶしい。210分に出発。

 見晴台に220分に到着。雪を被った富士山の頭が見える。大岳山がはっきり分かる。そして特徴のある武甲山も見える。全員揃って「ハイ!チーズ」よく写っているかな!

 下山コースは花立松の峠へ。そして黒山三滝を見物。今日の寝床、黒山鉱泉館に430分に到着。立派な建物でまだ新しい感じだ。大物政治家も宿泊したとか。綾野夫人の万歩計で18000歩である。

 フロから出てきて、ワイワイ賑やかに酒盛りが始まった。.....

27日(日)

850分に宿を出る。本日の予定ではまっすぐ帰ることになっていた。昨日のハイキングが楽だったせいか、那須リーダーの案で山越えして越生駅まで歩くことになった。

車道からこの道で良いのか不安ながら、入る。桂木観音に10時丁度着。柚子の木の畑道を通り、1030分に大高取山に到着。ちゃんと三角点がある。しかし見晴らしは良くない。東武線越生駅に1145分。今日の歩行距離は約6Km。13000歩である。ちょっと計算があわないようだが!

駅前のそば屋でタン緬を食べて帰る。坂戸で乗り換えて、池袋で解散となった。

(*1)関八州(板東八州)

関八州とは箱根の関から東国の相模、武蔵、安房、上総、下総、常陸、上野、下野の八国をいう。

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第195回 伊予ヶ岳<房総>

実施日:平成10年11月28日

目的地:伊予ヶ岳(337m)<房総>

メンバー:私<48才>

長年千葉県で生まれ育って、現在まで至るが、千葉県の一番高い山を登ったことがない。地図を見ると、愛宕山が一番高い。それでは出かけよう!

1128日(土)

 午前9時に家を出る。16号線を下る。愛宕山だけでは物足りないので伊予ガ岳にも登ることにする。まずは伊予ガ岳へ。丁度お昼に伊予ガ岳麓の役場裏に着いた。(役場裏には神社と木造の中学校がある)天気は晴れ。20年前に此処に来たが、道が大分整備されていた。ハイカーも20名程来ていた。

頂上には20分程で着いた。一般の人は2倍かかることだろう。頂上付近はちょっとした岩場になっている。ボランティアの地元の人だろうか、道の清掃をしていた。この先に御殿山があり、太平洋が良く見えると教えてくれた。機会があつたら登ってみよう!

地図を広げて、愛宕山を目指す。嶺岡牧場の前を通り、林道へ入る。ぐんぐん登っていくと、(航空)自衛隊基地に着いた。この中に愛宕山があるのだ。門衛の隊員さんに愛宕山を登らせてくれと頼むが、断られてしまった。事前の許可が必要だとのこと。渋々車で下山した。折角遠くから来たのに!

千葉県の中央を縦に走る県道410号線を使って帰った。我が家に午後615分に着いた。

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第194回 国師ヶ岳・金峰山<奥秩父>

_091 実施日:平成10年10月24日~25日

目的地:国師ヶ岳(2592m)・北奥仙丈岳(2601m)・金峰山(2595m)<奥秩父>

メンバー:須藤、私<48才>、亮<長男>

世の中不景気であるが、我が社もご多分に漏れず、景気が悪い。うちの会社もそう長くないらしい。最近、大型2種の免許取りに挑んでいる。身の降り方を考えたほうが良いのだろう。会社がつぶれたら運転手にでもなろう!

1024

 午前830分、海王星(仮称)駅で須藤さんを拾う。須藤氏と私は風邪気味である。亮には悪いが、車中の密閉状態では風邪の菌だらけで移ることは間違いない。

 箱崎辺りで渋滞する。立川、上野原でも雨の中の渋滞である。塩山でソバを食べる。恵林寺を過ぎて、大弛峠への入口が分かりにくかった。

 運転を亮に任せる。ガスが濃くなってきた。道も細くなり、所々工事中である。牧場から舗装道路から泥道のぬかるんだ道に変わる。

 やっとのことで大弛峠に着いた。峠には20台位の車が駐車している。小屋へ行き、テント代を払う。小屋では団体さんが予約されているのだろうか、宿泊は出来ないそうだ。我々は幕営を済ませ、すぐ国師と北奥千丈へ向かった。ガスで真っ白である。そのうち霰が降ってきた。国師岳に午後330分頃着いた。そして引き返し、北奥千丈岳も回ってきた。暗くなり、テントに530分過ぎに戻る。

 小屋の中で食事をし、寝る。しかし寒くて頭痛がする。

1025

3時に起きようと思ったが、曇っていて真っ暗であり、1時間遅らせる。4時に起床。簡単にビスケットを口に入れて、430分にテントを出る。懐中電灯の灯りを頼りに山道を照らす。風が強いようだ。樹木がゴーゴーと唸っている。我々は樹林帯の中なので、直接風に当たらない。

段々明るくなり、懐中電灯をしまう。朝日岳を過ぎる頃、雪も多くなる。樹林帯を抜けると賽ノ河原である。猛烈な風で体が吹っ飛ばされそうだ。寒さで耳が引きちぎれそうである。手ぬぐいを頭に鉢巻にし、耳当て代わりにする。冬山の吹雪さながらである。

7時30分にゴツゴツした金峰山に到着。風除けになる南側の岩で腰をおろす。生き返ったような感じでほっとする。正面には富士山、南アルプスの峰々と八ヶ岳の大パノラマが展開していた。なんて!すばらしい景色だ。地獄の後は天国である。しかし鼻水が締まり無く足元に棚引くのである。

風も穏やかにになり、830分に引き返す。途中、登山者が大分入ってきた。大弛に1030分に着く。カレーライスを食べ終わり、帰ろうとし、車を方向転換しようとエンジンをかけ、数メートル動かしたら、エンジンが止まった。何回も試みたが、だめでである。バッテリーが上がってしまった。他のドライバーさんにお願いしてブースターを繋いで充電したがだめである。がさすが山仲間である、容量の大きいブースターを持った人がきて充電したらエンジンが掛かった。助かった。麓の車屋さんを呼ぶしかないと諦めていたが本当に神様、仏様である。お礼を言って下山する。

下り始めたら、数キロにわたって路上駐車で一杯である。対向車がきたら、大もめである。

....我が家に午後7時頃到着した。

後日、バッテリーを新品に取り替えた。

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第193回 大楠山<三浦半島>

実施日:平成10年10月3日

目的地:大楠山(241m)<三浦半島>

メンバー:私<47才>、妻

 たまには変わった山にでも出かけようと地図を開く。妻を連れて行くのであれば、楽な山登りで普段行っていない所が良い。いい所がある。三浦半島だ。日帰り可能だし、そして乗り換えせずに一本の電車で行けるのだ。大楠山に決めた。

103

午前714分、地球(仮称)バス停を出て、748分発快速・久里浜行に乗る。久し振りの列車の旅であり、新鮮な景色を見いいるように車窓に釘づけになる。

逗子駅で前4両、後ろ11両は切り離される。11両編成で逗子へ向かう。

940分に衣笠駅に到着。腹ごしらえに駅前で味噌ラーメンを食べる。

10時丁度に出発。踏み切りを渡り、1017分に衣笠公園入口。11時に展望台に着く。谷間の道はぐっと山道らしくなる。半袖なのでかなり蚊に喰われ、痒い。アケビが道端に落ちていた。有料道路の橋を渡り、車道を歩く。また山道に入り、ゴルフ場の脇を歩く。空は家を出るときは雲ひとつ無く晴天であつたが、やや雲が多くなる。

1230分、頂上への最後の階段を登る。登りきったら、景色の良い所で、相模湾が良く見える。伊豆半島はややボケている。反対の房総半島もよく見える。230名の人が景色を眺め休憩している。我々は更に目の前にある螺旋階段付の展望台に登る。360度の展望でこれまたすばらしい。(山の由来は山頂に大きなクスノキがあったとのこと)

充分景色を堪能し、展望台下の自販機からお茶を買い、ベンチで弁当を広げて、楽しいひと時を過ごす。またここで食べるおにぎりが非常にうまい。

午後130分に下山。階段を降りたら、前田川方面と芦名方面に分かれている。車道をゆっくり下る。220分に芦名バス停に着いた。暑いのでアイスクリームを食べる。時刻表には1436分となっているのに、30分に逗子行が来た!。葉山の町並みを眺めながら、逗子へ。

310分過ぎの成田空港に乗り、車中で缶ビールを飲む。また適当に運動をしたせいかビールが旨い。我が家に530分に到着。

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第192回 雨飾山<戸隠・妙高・黒姫>

Mg082 実施日:平成10年9月11日~13日

目的地:雨飾山(1963m)<戸隠・妙高・黒姫>

メンバー:須藤、私<47才>

 

 911日(金)

夕刻に今回のリーダーである那須君からキャンセルの連絡が入った。大まかな予定は頭に入っていたので、須藤氏と二人で出かけることにした。

新宿で午後1030分に待ち合わせし、5分遅れて須藤さんが来た。7番ホームには人が並んでいる。アルプス81号(2320発)に乗る。弁当を買おうと売店に行ったが、既にクローズされていた。

9月12日(土)

終点の南小谷駅に5時33分に到着。

駅前はまだ閑散としている。天気は良好である。620分発の小谷行バスに乗る。乗客は6人。雨飾山は人気のない山だと勝手に判断する。小谷温泉で体操して730分に出発。この時間になるといやに乗用車が上ってくる。

今日は暑くなりそうだ。1時間位で休憩所に着いた。休憩所に入り、500円で登頂証を送付してくれるコーナーがあり、無人の入金箱に500円をいれた。(結局、何にもこなかった。騙されたのかな!)

駐車場には車が満杯である。静かな南小谷駅で感じた雰囲気が一変した。結構人がいるではないか!と関心しながら湿地帯を歩き始める。

急登を越え、荒菅沢で休憩。稜線を見上げると人が並んで歩いている。いかにも灼熱地獄の登りである。

我々も急な登りに挑む。日除けになる木が無く、直射日光を浴びる。日射病と熱射病に侵されて、フラフラである。須藤さんは私より悪く、全く元気がなくなる。若者集団も喘いで登っていた。しかし人がへばっているのを見ると返って元気が出るものだ。へばった人に励ましの言葉を残してさらに頑張る。

見晴らしの良い稜線に出る。笹の中を歩く。お碗をひっくり返したような形の頂上に登り詰めた。雲ひとつなかった景色も北アルプス方面は雲が湧き視界が利かなくなっていた。11時40分。予定より20分早く着いた。昼食にするが夜行列車で来た疲れと暑さのせいか食欲が無い。頂上は双耳峰になっている。両方の頂上は人だらけである。たっぷり1時間休む。

 1245分に下山する。このまま行けば2時間で雨飾山荘に着きそうだ。下りも登り同様きつい下り道である。小谷方面と違って人はぐっと減る。すれ違った人数は3名。私は大分回復したのだが、須藤さんはまだ疲れが取れない。杖に頼って下る。まあ急がず、ゆっくり行こう。

 午後345分に本日の宿泊場所に到着。木陰に囲まれた外湯でビールを飲む。ちょっと雨がお湿り程度に降った。6時に夕食。山荘なのでお粗末な食事かなと思ったが、おかずは豊富である。やはり大分疲れたのだろうか食後はすぐ眠ってしまった。宿泊者は満杯である。我々の部屋・焼山も2名追加されて来た。

913日(日)

 今日も天気良し。6時にビールをお茶代わりにして食事にする。650分、山荘を後にする。車道なのでテンポよく歩く。山口村に825分に到着。余裕があるので河原へ行って休む。

 915分のバスに乗る。5人の乗客と里道をバスに揺られて、糸魚川駅へ。946分。電車に乗るのに1時間ほど空く。ちょうど良い、駅から海(日本海)まで5分で行ける。海を見ながら寛いだ。「山を登るのに日本海まで来てしまった!」....

1040分発の南小谷行に乗る。南小谷駅で始発の特急列車に乗るため、ホームに並ぶ。20人程度である。駅員が売っている鱒寿司を買い込む。快適に帰れることだろうとひと安心。

松本辺りから車内は混み始め満員になる。ドア付近の立ち客の女性が気分を悪くしている。紳士な須藤さんは、その乗客に席を譲る。私も見習って席を譲った。ちょっと新宿まで立ちん棒であり、きつかったがこれも旅の慣わしである。

新宿に午後436分に到着した。須藤さんにとってはいつもと違うスケールの大きな山登りになった。充実した登り甲斐のある山となり、益々山にのめり込みそうだ。無理せずマイペースで行きましょう!那須君は100名山を目指していたので、この山に登れず残念でした。チャンスを見つけて行ってほしい。温泉もあるし、いい山でしたよ!

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第191回 笠取山・唐松尾山<奥秩父>

_082 実施日:平成10年7月18日~19日

目的地:笠取山(1941m)・唐松尾山(2109m)<奥多摩>

メンバー:安藤、那須、須藤、私<47才>

 

718日(土)

午前720分、土星駅(仮称)北口に全員揃う。田中君のマツダボンゴを借りて、中央高速の勝沼から青梅街道へと向かう。塩山市内で今晩のバーベキュー用の食材とビールを買い込む。ボンゴはうねりを上げて柳沢峠を越えた。落合部落の先から渓谷沿いの細い道に入り、市ノ瀬キャンプ場へ。

キャンプ場は親子連れ、若者達、中年夫婦等で結構賑やかである。沢より一段高い所にテント2張をセットする。午後3時頃から即席かまどを囲んで爽やかな森林の下で旨いビールと熱い肉を争って食べる。

8時に就寝。巨漢(190mの体格)の安藤君はひとつのテントで、残り3人でもうひとつのテントで寝た。夜中の12時頃、寝苦しくなる。身動きできないのである。隣の那須君と片方の須藤氏が私にびったりくっ付いている。奥を見ると一人分空いていた。我々のテントは傾斜地であった。不運と諦め、寝床をボンゴへ移した。

719日(日)

午前3時過ぎに起きる。ラジウス2台に火をともす。他の3人も眠そうな目をこすりながら起きてきた。

カレーライスを食べ、予定より50分遅れて、那須君が先頭に450分に出発。曇り空である。周囲は明るくなってきているのだが、頭がボッーとしている。軽自動車が1台走れるような林道を歩く。相変らず頭は睡眠から覚めていないようだ。

630分に後ろから軽トラックが追い抜いていった。しばらくすると将監峠小屋手前で犬が急に飛び出し、那須君に吠え掛かる。ボッーとしていた頭が覚めた。小屋は増築工事なのかで忙しそうである。

小屋を過ぎて、草原をすこし登ったら、将監峠だ。丁度7時。さらに牛王院平を右折し、山の神土に着く。右の道は白石山へ。何れこの山も登らなくては!右は土砂崩れで通行止めである。真っ直ぐの道で唐松尾山へと向かう。起伏の多い山道である。

810分に唐松尾山頂上に着いた。汗びっしょりである。頂上は狭い場所だ。先にしっかりした道があり、うっかり進んでしまいたい所である。しかし、「奥秩父縦走路ではない。」と注意書きされた標識があった。すこし引き返し、本道へ。

多摩川の源流水干(みずひ)に寄り、お賽銭を投じる。引き返して、笠取山へ向かう。

頂上は生憎の雨、石楠花の多い所である。晴れていれば見晴らしが良さそうだ。下った草原地帯で昼食にした。徐々に登山者が増える。

笠取小屋の水場を左に曲がり、下山する。

ミズナラ、ブナ林の一休坂を降り、さらに下ると東京都水道局の看板に唐松とヒノキの共生のしくみについて説明があった。成る程と頷きながら歩く。

作場平に着き、近道と思った「一ノ瀬集落」の看板に惑わされて、心細い道を進んでしまった。とんだ遠回りをしてしまった。

キャンプ場に2時に着く予定が3時になってしまった。ビールで疲れを一気に癒す。テントを撤収し、帰る。途中、露天の果物屋で桃とプラモ、スモモを買い込む。ちょうどよい土産になった。TACTに午後9時に到着。解散する。

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第190回 丹波天平<奥多摩>

_080 実施日:平成10年5月23日~24日

目的地:丹波天平(たばでんでいろ/1342m)<奥多摩>

メンバー:清水、須藤、私<47才>

 

523

450分起床。曇り。552分、月光バス停(仮称)からバスに乗る。

火星駅(仮称)のみどりの窓口で周遊券を購入。(2410円)

7時に新宿。狐うどんを食べ、パンと缶コーヒーを昼飯用として買う。須藤氏と合流。

743分ホリデー快速で出発。

915分、奥多摩駅着。清水氏の出迎えを受ける。久しぶりの清水氏である。四国へ帰り、また新潟で仕事をして、指に大怪我をしていた。でも元気らしい。予定では登山口で落ち合うことになっていた。留浦行きのバスに乗る。

1015分着、留浦でAGS体操をし、出発。

1115分、親川。登山口はコンクリートの急登。50メートル先で二俣の道を真っ直ぐ登る。石垣の廃屋が数軒。清水君のザックは家財道具が入っているのか大分大きい。3人共好調。

午後125分。丹波天平到着。樹林帯のど真ん中という感じ。全く景色のない所だ。ラーメンに餅を入れて食べる。

230分に出発。ダケカンバの中を緩やかな道をダラダラと歩く。

315分。サオラ(竿裏)峠で休憩。

515分。段々畑を下ると丹波村に到着。予約をしていた民宿「ふるさと」の看板を頼りに歩く。

今回の山登りは楽すぎた。これといった見所もなく、メリハリのないハイキングでした。次回は笠取山に行こうとおいしい夕食を頂きながら話は更に盛り上がる。

5月24

600分、河原を散歩する。

715分、朝食。民宿でお土産にこんにゃくとわさびを頂いた。うれしいサービスでした。

丹波山温泉でゆっくり湯に浸かる。1022分発のバスに乗り、奥多摩駅へ向う。

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第189回 外秩父七峰縦走<奥武蔵>

実施日:平成10年4月19日

目的地:官ノ倉山笠山堂平山剣ヶ峰大霧山皇鈴山登谷山<奥武蔵>

メンバー:単独(47才)~外秩父七峰縦走大会参加~

日本の経済界に異変が生じている。拓銀や山一證券が倒産している。銀行がつぶれる時代になってしまった。我が社は輸出が好調でるが、これからどうなるか分からない。

私の職場で特にレストラン部門の赤字は管理職として風当たりが物凄くあり、つらい毎日である。辛くとも歯を食い縛る気力が無くてはだめである。まずは強力な体力づくりを....

419

 340分に起床し、インスタント粥を食べる。体力のバッテリーを充電すべく、アリナミンとリポDを飲む。

 木星(仮称)駅で始発電車447分に乗る。金星(仮称)駅と秋葉原駅でそれぞれ待ち時間がタップリあった。

 620分に池袋に着き、おにぎりを2個買い込む。1個は車内消費。10分後に発車。

 741分に小川町に着いた。人気は少ない。大部分の人はスタートしている。

 751分にスタートする。天気はよい。5回目であり、緊張もなく、マイペースで進む。

 官ノ倉山下山でラッシュ。前がつっかえた。和紙センターに着き、コーヒー牛乳を飲む。コースの変更があったのか車道歩きが長い。おかげで人をごぼう抜き。

 笠山。登山口から渋滞である。ちょうど休憩にもなった。順位は1400番代かな!

 堂平山で10分休憩し、おにぎり1個を食べる。足がやや痙攣気味である。

 大霧山でやや脱水状態なので車道にある自販機のジュースを飲む。

 牧場でも水を補給。皇鈴、登谷山の登りは燃料切れにならず、気力も充実していたので、スムースに通過した。ここが最後の難所なのである。

 釜伏峠に休憩場があり、漬物と梅干と水のサービスがある。奈良漬がこの世の物とは思えないほど旨い。疲れきった体が蘇る。ゆがんだ顔が自然に微笑んでしまう。つい先に進むことを忘れそうだ。これから物凄く長い下り道が待っている。

 1610分に寄居町の広場に到着。8時間20分。始めの頃と違い、1時間ぐらい遅い。顔の汗が塩になり、ザラザラである。

 ビールと焼そばを食べる。すきっ腹に良くない。これが悪かったのか、帰りの電車で途中下車し、あげてしまった。

 午後8時過ぎに我が家へ着いた。

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第188回 筑波山<筑波山周辺>

実施日:平成10年4月12日

目的地:筑波山(876m)<筑波山周辺>

メンバー:単独<47才>

 

 昨年は鈴木博美さんが世界選手権でアテネ(マラソン)で金メダルを取る。地元市の誇るメダリストである。ソウルオリンピック(水泳)でも鈴木大地さんが金を取っている。この町はすばらしアスリートの輩出する町なのだ。背景には市長や関係者の並々ならぬ努力があったことだろう。市民としてもうれしいことだ。

412

5時起床。曇り。

540分に出発。下妻あたりで、いつもの曲がる所を行き過ぎて引き換えした。7時に筑波山に着く予定が大幅に遅れた。

720分到着。すぐに筑波山無料駐車場を出発。

登山者が少々。元気そうな(30才前後)坊主頭のトレーニング姿のお兄さんについて行く。展望台手前で抜く。

頂上の道を誤り、裏の自然道に入ってしまったがすぐに気がつき、頂上へ。

820分。頂上到着。

休み無しで登った。曇り空。

女体山を経由して、つつじヶ丘の見晴らしのよい所でおじやを食べる。

105分に駐車場に戻る。5分後に出発。

1210分に我が家へ到着。

フロに入り、丹菩会(高校時代の仲間)の飲み会へ太陽市(仮称)まで出かける。親友に会えるのはまた格別である。

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第187回 石尊山・清澄山<房総>

実施日:平成10年3月14日

目的地:石尊山清澄山<房総>

メンバー:単独<47才>

 今回も飽きずに房総の山に行ったが、迷路に入り込んでしまった。2度と房総の山には行きたくないと思った。道標はないし、見渡しても目印もなく、現在地すら分からなくなる。里道なのか獣道なのか廃道なのかも見極め出来なくなる。一般のハイカーにはお勧めできないところである。房総の樹海に嵌ったのである。頭の中は「遭難」の文字が浮かび、動揺して焦ったハイキングとなってしまった。房総の丘は私の庭だと思っていたが、大いに甘かった。

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木星駅(仮称)から532分の電車に乗る。金星駅(仮称)で548分の電車に乗り換える。太陽駅(仮称)で玉子ラーメンを食べ、五井駅へ行った。たっぷり時間調整して、719分の列車に乗る。

養老渓谷駅を840分にスタート。踏み切りを渡り、車道を歩き続けるといくつものトンネルを潜る。5個目手前のトンネルを左折する。ところが道路工事中で登山口が分からない。強引に草むらの中に入り、登りつめるとそれらしい尾根道に出られた。が進む内に道が下っていくではないか。おかしいと思いつつ、谷間に出た。山の麓に下りたらしい。炭焼きのじいさんがいたので、ここはどこですか!と訪ねたら、黄和田畑である。前回も同じミスをしている。

車道のトンネル脇から登る。尾根に出て、目の前に石尊山がある。ホッとして頂上に。時間を短縮しようと、ラーメンを急いで食べる。1220分に出発。急いだ余りにまた同じミスをしてしまう。南向きのしっかりした道を進んでしまった。札郷方面をひたすら歩く。すると道が廃道になり、谷底に下りてしまった。相当歩いてきたが、石尊山まで戻ろう。2度とこんな山にくるかと罵る。靴はどろんこになっていた。天気はよいのだが。

心も萎えて、石尊から養老渓谷へ帰ることにした。小野倉部落が見え、下り坂であり、近道を行こうとさらに下る。どうも気持ちが楽な方へと安易な道を選んでしまった。今日はどうもおかしい。部落どころではない。全く進むべき方向から離れていくようだ。また変なところへ行ってしまう。

そうしたら下から車の走る音がした。どうでもいい、オオバーではあるが命さえ助かればいいのだ。と開き直り、車道へ向かって下った。自分の想像していた道とは全然違うところに出て来てしまった。

こうなったら、やけくそである。歩き通して、安房天津駅まで歩き通す!

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第186回 御岳山・日の出山<奥多摩>

実施日:平成10年2月7日~8日

目的地:御岳山日の出山<奥多摩>

メンバー:TACT山岳部:那須、須藤、小泉、宮崎、加藤、赤間、私<47才>

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 東京駅八重洲中央口に1025分集合。但し、一番近いはずの加藤君が10分遅刻する。1050分の電車に乗り、青梅で乗り換えた。

 鳩ノ巣駅で下車。出発前に腹ごしらえ。午後145分に出発する。

 登山道を進むうちに全くの雪道になってしまった。そして雪が舞い始めた。加藤君と小泉君はアイゼンを装着する。

 尾根に出る頃には大雪になってしまった。少々あせりの気持ちもあり、足早に進む。

 山頂にへばり付いた宿坊の里に入る。宿坊の一つ、駒鳥山荘へ445分に到着。我々の後に外人グループと一グループが着いた。

 6時から山岳部の新年会が始まる。その前にジャグジーのフロで体を温める。合流する赤間君が遅い。仕事が遅れているのだろうか。ケーブルカーの最終時刻が630分。すこし心配だ。

 雪が深深と降る。7時にやっと赤間君が着いた。頭は真っ白だ。これで全員揃った。

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8時に朝食。朝からビールで乾杯が始まってしまった。まあいいか!

外に出ると20cmの積雪である。天気は晴れているが、見晴らしが利かない。9時に御岳神社に御参りして、出発。

やや下り道なので、雪上スキー気味で日の出山へ向かう。

1015分に日の出山に到着。25分後に出発。

途中、松尾方面に向きを変えて、ツルツル温泉へ向かう。

車道に出て、数十分歩くと温泉である。125分着。まだ新しい温泉で今はやりのつくりである。送迎バスやマイカーで温泉は賑やかである。入湯料は800円。

帰りは子供が喜びそうな汽車ポッポスタイルのトレーラーバスに乗り五日市駅まで送迎された。午後155発の電車で太陽の日差しを窓越しに一杯受けて、外の寒々とした景色とは裏腹に揺られてスヤスヤと寝入る。.......。

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第185回 奈良倉山<奥多摩>

_079 実施日:平成9年11月24日

目的地:奈良倉山(1348m)<奥多摩>

メンバー:私<47才>、妻

1124

 5時に起床。まだ暗い。30分後に家を出る。セブンイレブンで朝食用のおにぎりを買い込む。

 高速道を使い、談合坂で休憩する。晴天であり、ドライブによし、登山にもよし。車も順調に進み、大月インターで降りる。市内から標識を頼りに小菅方面へ向かう。かなり大規模に道路工事をしている。すれ違う車は進めば進むほど極端に減る。峠に向かうにつれ、高度も段々上がり、見晴らしも良くなる。富士山が見えてきた。

 845分に松姫峠に到着。車が2台駐車している。碑文があり、天目山で自滅した武田勝頼の妹、松姫がこの峠を通って逃げた?と記されている。

我々はここから2キロほど先の奈良倉山へ向かう。車道が続いているが、関係者以外の進入は禁止になっている。9時に出る。途中、車の持ち主だと思われるハンターに出会う。狙いは猪だと言っていた。

緩やかな林道から良く見える富士山を眺めながら歩く。こんなにすばらしい所なのに、誰もいないのはもったいない。そんなことを妻としゃべりながら、ゆったりした時間を爽やかな気持ち過ごす。

気分よく歩いていたものだから、頂上への標識を見落として入口を通り過ぎてしまった。適当な所から、頂上を目がけて、南側斜面の杉の植林と北側の自然林との境目である尾根伝いを登る。

10時に頂上へ着いた。三角点がある。北側に鶴峠への道が細々とある。(小枝に赤いテープで鶴峠と書かれていた)

峠に戻り、折角此処まで来たのだからと、青梅街道へ出ることにした。ラリーをしている気分で山道を下り、小菅村を通過し、丹波村から青梅街道へ出た。丹波渓谷沿いに走り、花魁淵を通る。花魁淵の謂れを思い出す。金鉱従事者のため、華やかな花魁たちが、この山奥まで来た。しかし生きて帰らすと金山の場所が漏れるといけないので、崖から落とされたという秘話である。なんとかわいそうな話!

鶏冠山の裏手にある泉水谷に入り、昼食をする。

また渓谷伝いに丹波まで戻り、小菅から県道18号線の山間の道を通り、上野原へ出た。中央高速から渋滞にも遭わず、すんなり我が家に午後430分に着いた。

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