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正則の山行記録2/附属編・東京WALKING第5回<神田川>

実施日:平成19年7月13日/ 目的地:神田川(柳橋~小石川橋/3.6Km)/ メンバー:単独。 今日は山梨県の秋山・二十六夜山に行く予定でした。生憎台風4号が接近し、梅雨前線を刺激しているので、急遽変更し、都内の散歩コースにしました。 前回はレインボーブリッジから晴海埠頭、芝浦埠頭を見下ろす素敵な景色を満喫しました。今回は曇り空で午後から雨の予報なので、折畳み傘を持って出かけることにしました。 我が家を午前8時ごろ、「善は急げ」とばかりに出てきました。早朝だと20分で火星駅(仮称)に出られるのですが、この時間帯は40分かかりました。「不便なところに住んでいるな!」といつものように実感していました。 火星駅から快速で馬喰町に出ます。この駅で下車するのは初めてです。極めていい加減なスターとでした。要するに隅田川に出られれば良いと大まかな感覚です。C1の出口に出ると、どうやら京葉道路と靖国通りに出たようだ。「よかった!」。見覚えのある道でした。墨田川は目の前。両国橋を渡り、「はて、神田川はどこだろう」と考え込んでしまいました。右手に両国ジャンクション(首都高速)、墨田川左岸沿いに首都高6号線(向島線)があります。地図を取り出してみれば、右岸に神田川の入口があります。「何だ!川を渡る必要がなかった!」 070713f0004 (写真:隅田川から神田川入口) 引き返して、靖国通りを横断しました。2,30メートル先に狭い柳橋があります。「さあここから、スタートです。」 この川は武蔵野市の井の頭池が水源で、途中善福川や妙正寺川と合わせて、この隅田川まで26Kmあります。今回はここから溯ること3.5Km地点で日本橋川と分岐しているところまで行くことにします。 柳橋から上流を窺うと、両岸にぎっしりと屋形船が係留されています。夜になれば粋な江戸見物が出来ることでしょう。 070713f0007 (写真:柳橋から浅草橋を窺がう) 次に浅草橋。この名前の由来は浅草御門前(奥州街道と浅草観音が通るこの地に、江戸城の警護として築かれた門)にあったことから浅草御門橋と呼ばれていた。いつしか浅草橋となったそうです。 次の橋は意外と通行量の少ない、静かな通りです。左衛門橋(この付近に庄内藩主酒井左衛門邸があり、その名前からきているらしい)である。 070713f0013 (写真:左衛門橋) 美倉橋に来ると、屋形船の姿は見えない。公衆トイレも和風の瓦屋根である。「この界隈を流れる神田川の土手は柳並木があったことから「柳原土手」と呼ばれていた。岩本町周辺は江戸城から見れば、鬼門(北東方向)に当る。柳森神社の社伝によれば、大田道灌が鬼門除けに稲荷を祀り、柳を植えたのが始まりといわれている。~」岩本町の掲示板より。 070713f0017 (写真:美倉橋) この川は総武線に平行している。浅草橋駅を右手に見て、小さいオフィス街を進む。 急に車両の通行料が増す。和泉橋の上は首都高1号線(上野線)である。歩道橋を渡る。 070713f0022 (写真:和泉橋) 秋葉原駅が右手にある。総武線と山の手、京浜東北線、新幹線がクロスしている。歩道の街路灯に「神田ふれあい橋」という看板がある。細い路地に入ると新幹線の隣に人間と自転車の専用の橋があった。 070713f0028 (写真:神田ふれあい橋) 070713f0030 (写真:秋葉原電気街と万世橋) 次に広々とした万世橋がある。賑やかな秋葉原の電気街が目の前に広がる。橋の上流左側に赤レンガの(昔の)交通博物館がある。 電気街を過ぎると、昌平橋(この橋は古く、芋洗橋、相生橋などと呼ばれていたこともある)である。総武線が神田川を渡り、御茶ノ水駅で中央線と合流します。 070713f0039 (写真:昌平橋から聖橋を望む) 湯島聖堂を過ぎて、川を振り返ると左岸から地下鉄(丸の内線)が川を横切って、JR線の下を潜って地下に入ります。すると頭上には聖橋があります。 まもなく人通りの多い御茶ノ水橋に出ます。右手は東京医科歯科大学病院と順天堂病院があります。この橋から川を見下ろすと緑に囲まれた渓谷沿いに黄色い電車が走り去っていきました。ほんのちょっと癒されます。 070713f0047 (写真:御茶ノ水橋から上流方面) 右岸沿いに歩きます。神田上水懸樋跡(徳川家康は江戸の入府に先立って家臣の大久保藤五郎に上水の開鑿を命じた~と説明あり)があります。 070713f0052 (写真:水道橋) 水道橋は後楽園があり、一段と賑やかなところです。市兵衛河岸(岩瀬市兵衛の屋敷があった)があり、今は防災船着場となっています。 070713f0058 (写真:後楽橋から小石川橋を写す) 070713f0060 (写真:神田川から日本橋川の分岐) さらに後楽橋を過ぎると小石川橋(寛永13年、江戸城外郭門が設けられた際に、備前岡山藩主池田光政によってここに見付が構築された。其の時に木造の橋が設けられたのが最初です)に着きます。 ここが本日の終点です。神田川の後楽橋と小石川橋の中間の右岸に日本橋川があります。(日本橋川上には首都高5号線<池袋線>があります)11時20分。馬喰町駅から約2時間15分でした。 振り返ると柳橋の下町雰囲気から始まり、浅草橋界隈の衣料雑貨問屋街、万世橋付近の秋葉原電気街、御茶ノ水橋の学生街、水道橋は後楽園を中心にする行楽街が続いていました。昔はこの川の沿岸に多くの河岸があり、春米屋(玄米を精米して江戸町民に販売する米商人)と青物市場が栄えていました。また水害も著しく、関口から下流の全ての橋が鉄砲水で一気に流されたという被害があったそうです。 帰りはまた歩きで中央線沿いに東京駅まで。12時20分着。雨に降られなかったのですが、蒸し暑い1日でした。 <順路> 柳橋~浅草橋~左衛門橋~美倉橋~和泉橋~神田ふれあい橋~万世橋~昌平橋~聖橋~御茶ノ水橋~水道橋~後楽橋~小石川橋 <参考:BRIDGE WATCHING 神田川橋梁群>

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