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正則の山行記録2・蘇州編3日目

127 平成19年12月9日(日) ホテルの朝食が一番落ち着けて食事が出来る。どうも中国の食事にはまだ馴染めないのである。パンとお粥、そしてヨーグルトとフルーツを食べて胃袋を満足させた。今日で蘇州観光も終わりだ。最後なので元気よく観光しよう。 息子と彼の彼女が迎えに来た。またタクシーで今日の一番目は私のリクエストで盤門へ直行。春秋時代、三国時代を偲ばれる処だと確信していたのである。庭園を見るのも良いが、歴史を少しでも蘇えらせてもらえる場所がそこにあるような気がした。それが盤門だ。入園口に到着。入口は他の観光地より人出が少ないようだ。25元を払い、また8角7層の瑞光塔に入るのにも入場料が必要である。瑞光塔は三国志に登場する呉の孫権の創建によるもので、現存するのは北宋時代に修復されたものだ。狭い回廊を登りつめると、裏の庭園が一望できる。広いのに驚く。そしてその左手に城門が見える。ここが私の最大の見るポイントなのである。瑞光塔を降りて、庭園を時計周りで見ることにした。盤門の楼閣手前にみやげ物店がある。妻たちが覗いているので私も誘われてみた。妻が「あ~へび!」。棒を小細工してあり、くねくね曲がるようになっている。私は妻に「中々上手くできているネ!。お土産に丁度いいや」私はまとめ買いをした。息子たちに手伝って貰い、現地語で値切り交渉が始まった。うまくいった。会社の仲間達にも喜ばれるだろうと思う。 今までお決まりの観光地めぐりだったが、ここでぐっと楽しくなってきた。弾みがついたようだ。そしてすぐ先に盤門があり、呉と記した旗が並べられている。盤門に立つ。古代中国の歴史が身近に感じられる。「うれしくなる!」外城河にかかる呉門橋を一望する。呉の兵になったような錯覚に!ちょっと歴史に酔ってしまったかな! 写真を取り捲りやっと落ち着いた。庭園に戻り、五相祠にはいる。坐像があり、また感動する。あの五子胥に会えたのである。母国、楚国で父親、兄を殺されて、執念に燃えて、楚の平王を仇に思ったが、彼が楚国を滅ぼした時にはすでに死んでいたのである。そして平王の墓を探し、墓を発いて屍体を鞭打つのである。なんというかものすごい執念である。また楚国を相手にしたときに孫子の兵法を著わした孫武も五子胥の戦友でもある。春秋時代にタイムスリップしそうだ。....この地にこられたのも息子のおかげである。感謝したい。 盤門を出て、そろそろお腹がへって来た。息子の案内でそばやさんに向かった。大きな通りからはずれ、路地に入り、2階に上がる。民放のアナウンサーがロケに来たのだろうか、徳光さんの写真が貼ってあった。同得興という店である。ガイドブックにも紹介されている。水晶担麺(ガイドブックには12元とあったが、20元した)を頼む。1階は大衆客相手で2階はやや上客相手という感じである。2階はゆつたり出来て落ち着ける場所である。4人でワイワイ云いながら、息子の彼女が通訳代りに料理の内容を色々聞いてくれた。細い麺と豚肉と野菜が一緒に出てくる。豚肉、野菜を麺の上に載せて食べる。あっさりしておいしい。麺好きな私にとってはほっとする。  食べ終わり、息子の彼女が路地の焼き芋を買う。(日本の焼き芋屋と同じリヤカーに似た運搬具に載せている)芋は日本のサツマイモとちょっと違う。彼女はこれが大好きらしい。喜んで歩きながら食べていた。 暫らくし、賑やかな観前街に入る。その前にデパートに入る。店内はきれいだが、トイレが日本のデパートと違い余りきれいとはいえない。高級感とトイレの清潔感は比例していないように思えた。人だらけの観前街を歩く。私の希望で道教寺院の玄妙観に入る。日本人に馴染みが薄い道教に少しでも触れたいと思った。孔子の儒教と老子の道教(神仙思想)。何が違うのか寺を見ても解答は得られなかった。もう少し自信勉強しないとわからない。寺の周囲は自由市場で大賑わいである。次にタクシーで拙政園に行く。だだっ広い庭園である。庭園の東屋でさりげなく水墨画を描いている人がいた。うしろから覗いたが、うまく描かれている。白黒で描かれた小枝が今にでも風に吹かれて靡きそうな感じである。...また立ち疲れた。庭園を出て、今度は歩いて北塔報恩寺まで。この寺は三国時代の呉の名将、孫権が母親の恩に報いるため建てた寺である。9層まで上がると蘇州の町が一望できる。下を見ると高所恐怖症の人には耐えられないと思う。膝の震えが止まらなくなりそうだ。それもそのはず、ここまで階段を上がってくるのにも一苦労である。その膝関節が弱った所で恐怖を味わうのだから。とても思い出に残る所である。一通り観光を終えた。そしてまた人ごみの現前街へ戻る。大きなレストランに入る。まずはビールで乾杯して、太湖産の桂魚、蘇州蟹と脂っこいものがどんどん出て来る。やはり辛いものが多いようだ。蘇州の晩餐も辛さで締めくくられた。人ごみの現前街を通り抜けた。そしてタクシーを拾うのにも一苦労である。息子はバスでの移動はお勧めでないらしい。日本の安全で清潔なバス事情と違い、やや異なる。そしてスリが多いとのこと。しかし妻は乗ってみたいらしい。妻の希望によりバスで帰ることにした。停留場にはバスが来る度に入口に人が群がる。ワンマンバスである。乗り降りするのにも順番に並ぶことはしない。われ先とみんなで急ぐのである。やっとバスに乗り込んだが、繁華街の照明とは対象的に暗い。車内は電灯がつかない。そして後ろの扉は故障で閉めっぱなし。バスは多少故障していても走れば運行しているのである。やっと郊外に出て、やや人が減ってきた。降りるときも息子たちの後ろにくっついて必死で降りた。やや興奮したが、楽しい乗り物だった。息子のマンションに寄り、どんな住まいか覗いてきた。部屋はシンプルで床暖房付きなので、住み心地は快適らしい。お茶をご馳走になり、中国の地図を広げ、現在地を確認する。「ひろいなあ!」と私。史跡、自然、観光地まだまだ行きたい所は多い。妻と「また機会があれば来たいね!」と話は弾む。 息子たちに見送られ、明るい街路灯を人気のない広い歩道を妻とトボトボ歩く。ホテルに着いて、明日の帰り支度をする。部屋のテレビがつかない。テレビを諦めて寝ることにした。まずは一通り蘇州の町を堪能出来たのでほっとする。あっという間に3日間が過ぎた。ちょっと物足りないような気もしたがとても楽しかった。

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