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正則の山行記録2/ロンドン・パリ編 3日目

3月1日(金)枕に1ポンドを置き、食堂へ。今日は妻に申し訳ないので、5ポンドを用意して渡した。イギリスでまともに朝食が出来なかったと言われるのもみじめである。ハムとソーセージと玉子焼きを皿に載せて笑顔でテーブルに着いた。これでイギリスに未練を残さずにすんだ。 駅に着くと、お昼のお弁当が支給された。出国手続きを済ませ、休憩室で時間調整である。電光掲示板に9時17分発、パリ行きの表示あり。女子学生が具合が悪くなったようだ。皆で心配する。グループに看護士の女性が居たので様子を見てもらう。やや青い顔をしているが列車に乗るしかない。彼女のカバンを押して、車両前後の荷物置き場の棚に押し込んだ。 念願のユーロスターである。ドーバー海峡を渡るので子供のようにはしゃぎたくなるのを我慢して座席につく。 列車は何の前触れも無く静かに動き出した。いよいよヨーロッパ大陸に上陸する。イギリスの風景に目をやりながら、おそらく海へと向かっているのだろう。 海底に入るといっても列車の中なのでどう見てもドーバー海峡を潜っているという確認するものは無い。トンネルに入れば、真っ暗で何も分からないので残念。イギリス領内ではアナウンスが最初英語で喋っていたが、フランス領に入るとフランス語からアナウンスする。もちろん車掌さんの声もイギリス人からフランス人に変わっているのだ。 トンネルを抜けるとフランスの田舎風景が出てくる。そんな風景見ながら、お弁当を出して食べる。ホテルの朝食よりずっと良い。サンドウィッチ、りんご、パイ菓子、お菓子が2種類、ペットボトルが入っている。全部食べきれない。お菓子類は全部残し、りんごは1個を二人で分けて食べた。外国人乗客はビュッフエへ足げく通っていた。 12時50分頃にロード駅に到着。スーツケースを出すのにちょっと苦労である。 全員下車するも例の女子学生はまだ気分が悪そうである。彼女がトイレに行っている間、駅構内の外れで待機する。 彼女が戻ってきたので、バスへ移動する。 パリから高速道路に乗り、一路オンフルールへ向かう。途中、サービスエリアにより、トイレ休憩。30分ぐらい休む。妻はみやげ物探しである。チョコレート風味の飴を見つける。これはいける。帰りもサービスエリアで纏め買いすることになった。 福家バスガイドがノルマンディの話を詳しくされた。フランス国も同意して北方民族のバイキング・ノルマン人がここに外敵を守る役割も兼ねて移住したらしい。ノルマンディ公爵として手厚く厚遇されたのである。イギリスとの100年戦争もここから始まるのである。そして終止符を打つのがジャンヌダルクである。戦争で劣勢のフランス軍を率いてあれよあれよと勝ち進んだらしい。フランスの王も和解を申し入れ、ジャンヌダルクはイギリスの捕虜となり、ルーアンという町で火あぶりの刑に処された。フランスの英雄はフランスから見捨てられたのである。 可哀想な少女だ。 話に夢中になっているうちにオンフルールに到着。オンフルールはセーヌ川の大西洋の河口である。昔の港町だったそうで現在は大西洋岸に大型船が停泊できる港が出来て、今はヨットハーバーとなっている。木造建築の教会がある。戦争で荒廃した町を船大工が作ったとのこと。教会を見学してから、お土産やにより、かわいい小鉢とスプーンを4個買う。 あまりゆっくり出来ないので急いでバスへ戻る。波止場のトイレは大分手入れがされていないらしい。女性トイレが1箇所しか使ええず、他は故障中だそうだ。女性軍は順番待ちで大変である。 バスに乗り込み、また高速道路に乗り、モンサンミッシェルへ向かう。牧場が多い。高速を下りると回りは暗くなっていた。8時45分。ホテルに到着。 我々のグループは二つに分かれた。島のホテルと陸のホテルだ。我々は陸のホテルでスーツケースを降ろす。島の一団はバスにスーツケースを残し、一泊分の着替え等をもって、移動していった。我々には背の高い美人のフランス在住の日本人のSATOMIさんが世話をしてくれた。彼女はフランス語がペラペラである。なんとたのもしい付添い人だ。 部屋の前にスーツケースが運ばれていた。部屋に入っても今までの欧州のホテルと違って、日本のホテルとさほど変わらない感じだ。水周りもしっかりしていた。FUKEさんに脅されていたが、立派な居住空間である。窓からモンサンミッシェルを覗くと暗闇にお城の明かりがうっすらと浮かびあがっていた。写真に撮るがきれいには取れなかった。 夕食は流山夫婦、女子学生3名、私たち夫婦である。不調の彼女もどうやら元気らしい。ロンドンのホテルと違い、格段と優雅に過ごせた。飲み物はSATOMIさんが皆さんの要望をまとめて注文してくれた。

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正則の山行記録2/ロンドン・パリ編 2日目

2月28日(木) 寝付かれない一夜が明けた。5時前から目が覚めた。まだ暗いし、早朝の散歩も日本と違うので止める。本日のスケジュールを確認することにした。昼食までは団体行動なので心配はないが、夕食までのフリー時間をどう過ごすかが問題。地下鉄でロンドン塔へ行き、タワーブリッジでテムズ川を渡ることにしよう。 私は洗面と用も足せた。私の健康のバロメーターは朝排便をすること。外国の第1歩は順調らしい。妻はやや不安残しながらも元気そうだ。 朝食はアメリカン方式のバイキングである。これが問題。パンと飲み物、果物しかない。「こんな朝食なんてあり」という感じ。妻はそのことをすっかり忘れ、有料コーナー(5ポンド)へ行ってハムをすくったところ、従業員に何か言われたらしい。それに気がついた妻は取ったものを返却した。そのカウンターの上に5ポンドと表示されている。 たしかに他のテーブルにいる外国人も質素な食事をしていた。二人で食事をするも妻のご機嫌を取るのも大変である。 部屋に戻り、外出の用意をして1階ロビーに集合。  気持ちを切り替えて、バスに乗る。寒いロンドンの町が始まる。出勤途上の人たちが忙しく活動している。頭に防具ヘルメットを被った自転車通勤の人も多い。 どの道を走っているか分からないがテムズ川を渡り、国会議事堂を目指した。ビックベンの前のローターリーを2周してくれた。というのもビックベンの鐘を聞くため、本日の案内役のKOBAYASHIさんが運転手さんに指示していた。丁度9時になるのにちょっと早すぎたので余計にロータリーを回ったのである。バスの中から何回もビックベンの鐘の響きを聞いた。ウェストミンスター寺院近くで車から降りて、記念撮影をする。国会記事堂のロータリーでも撮影する。 今日はKOBAYASHIさんの粋な計らいでバッキンガム宮殿も案内してくれた。ラッキーである。予定表には無いので自由時間で見ようと思っていたので、その分が省けた形になった。 バッキンガム宮殿手前で降車し、すこし歩く。宮殿の中には入れないが、鉄格子から衛兵が足踏みしている光景が見られた。 そのうち着飾った親子が出没する。KOBAYASHIさんの話では国に貢献した人たちが呼ばれて、女王様に拝謁できるそうな。女性は帽子を被り、貴族風の身なりである。中には軍人の人も居て、勲章らしきものが胸にぶら下がっていた。門で厳重にチェックされて宮殿に入っていく。 バスも長く駐車できないので戻る。馬車が何台か通り過ぎる。御者しか乗っていないので残念である。日常の訓練なのかも。 バスは宿泊のホテルへ戻る形になる。大英博物館へ。今回のメインでもある。案内人のKOBAYASHIさんからすっぱく泥棒に気をつけてくださいと言われた。カバンは肩から提げて、身体の前に抱える格好でと。もちろんザックも前に子供を抱えるようにして。私のザックには捕られて困るものは無いのであるが、KOBAYASHIさんの熱弁に逆らえないので、一応抱えた。大事なものはポシェットで腹に巻かれています。 現地の方の言うことは一番。 私がこの博物館に来たいというのは世界三大博物館のひとつだからである。中にある秘蔵の品々は貴重なものであるが私の頭ではやや理解するには困難すぎる。 ロゼッターやギリシャ彫刻とエジプト彫刻、ミイラ、アンデスの墳墓から見つかった王族の宝などを見た。歴史の興味のある人には絶対見逃せないものがいっぱいあるのである。ここで世界中の歴史を垣間見られるので貴重な場所である。でも本当は現場に行って古い歴史に触れられればもっと最高、ハッピーではあるが。 KOBAYASHIさんの名ガイドで通常何日もかかって見るべきものをハイライトで見させて頂いたおかげで腰痛も無く助かった。それにしても小林さんの案内ぶりは1級品である。よく頭に年号から歴史背景まで入っているものだと感心した。 一見ただのおばさんに見えますが、相当勉強されていることでしょう。 あっという間に午前中が過ぎ、ランチになる。 狭い路地に入り、2階のレストランへ。飲み物はまたハイネケン。今度は足を運ばなくてもウェイターの方が持ってきてくれる。流山御夫妻とお知り合いになり、段々ツアーの方たちとコミュニケーションが取れてきた。 その後は三越で解散。FUKEさんはロンドン塔へ行き、テムズ川の遊覧船に乗るとのこと。私たちも便乗して途中まで連れて行ってもらう。なにせロンドンの地下鉄は初めてなので。1日券の切符を買い、ピカデリーから乗り、途中乗り換えて、タワーヒルで下車。FUKEさんの一団と別れ、ロンドン塔の前を通り、ロンドンブリッジへ。妻は私にお任せなので、ただ付いて来るのですが、寒いらしくゆっくり歩いて楽しむ気分に慣れそうではない。ちょっと早めに行動をとることに。 ブリッジを渡る前の階段で白人の人がカメラを差し出してきたので、人を見たら泥棒と思えという言葉を思い出し、「No、thanks you」と咄嗟に言ってしまった。そのおじさんもきょとんとしていました。そしたら妻が写真を取ってくれと言っているのだよというのでやっと私も理解した。なにやら家族らしい人が石段でみんな並んで待っているではないか。「OK」といいながら、片手を差し伸べて「了解したよ!」と意味を含めて笑いを浮かべて快くシャッターを押した。まさか外人に呼び止められるとは思わなかった。 タワーブリッジに上がり、通り過ぎる船を見ながら寒い寒いといいながら渡りきった。対岸に出て、30分くらい歩き、停泊しているベルファストという艦船を横に見てロンドンブリッジ駅へ。寒さから開放されホッとする。 グリーンパーク駅で下車。集合する三越にはまだ時間が余るのでテクテク、ビカデリー駅まで歩くことにした。ウィンドーを覗きながら歩くが、あっという間にビカデリー駅辺りに着いた。三越の向かいにスーパー(TESCO)があり、妻が入ってみようというので店内へ。お土産になるものがあるかなとやや心配する。妻は根気よく見て回る。ロンドンの菓子を数点買う。三越にきたもののまだツアーの面々は来ていない。結局、イギリスのお土産はここで大量に買い込むことになった。孫のお人形(宮殿の兵隊さん)と紅茶などである。 それでも時間が余り、隣の飲食店でお茶のペットボトルを買い、外の椅子に腰掛ける。最初は良かったが段々寒くなり、また三越に入って時間つぶしをする。  そのうちちらほらツアーの皆さんが集まりだした。 午後6時25分、全員集まったのを確認し、バスに乗り込む。どこを進んでいるのか分からないが、夕食するパブレストラン近くで降ろされた。しばし歩き、やっとパブレストランにつくが、店内は満員御礼。お客は狭い場所で立ち飲みしている。満員電車で会話しながらアルコールを飲んでいるのと同じだ。こんな落ち着かない場所で食事が出来るかなと不安である。白人女性から何か声をかけられたが何を言っているのか分からない。こちらは首をかしげて返事できずじまいである。どうやらFUKEさんと従業員スタッフと話がついたのか、地下へ移動した。団体客が帰って、我々が落ち着く場所ができてひと安心。 またアルコールはカウンターへ行き、現金引換えでビールを2杯もらってきた。毎日ビールが飲めて幸せである。メニューはローストビーフ。いつも写真に収めるのだがすっかり忘れていた。 バスの送迎でホテルに。シャワーを浴びて、明日の用意である。明日はおフランスだ。ユーロスターに乗れるので楽しみだ。

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正則の山行記録2/ロンドン・パリ編 1日目

目的地:ロンドン、パリ、モンサンミシェルの旅、 日程:平成25年2月27日~3月5日、 メンバー:妻と私(ツアーにて) 2月27日(水) 5時に起床。二男夫婦が見送りに来るので助かる。7時に我が家を出発する予定だったが、早めに6時30分に来た。彼の新車の軽自動車にスーツケース2台を後部座席に乗せても楽勝である。  雨か小雪の天気予報だったが、小雨模様で雪にならずラッキーである。  8時過ぎに成田空港第2ビルに到着。このツアーの一番乗りらしい。団体の受付を済ませ、スーツケースも窓口に預けて、イギリス・ポンドと欧州・ユーロの両替をする。  妻がおにぎりを食べたいと言うので、私も参加して寿司やのお稲荷さんを二人で分けて食べる。 団体集合時刻9時45分に集まり、ツアーコンダクターのFUKEさんが点呼を取る。その後各自で入国手続きとなる。  成田・ロンドン間プレミアムシート付でグレードアップした座席である。座席は後部の右側である。座席の予約はパソコンでオンライン搭乗券を出力。慣れない予約方法である。私たちのイメージは団体なのでツアー会社が全部手配するものとばかり思っていた。もちろん座席に拘らない人は当日、空港に来てでも良いらしい。  今回は何といっても長距離のフライトである。妻にしてみれば始めての欧州でもあり、12時間の飛行に耐えてもらわなければならない。  機体は777-300。満席であり、会社としては有難いことである。定刻の11時45分をやや遅れて出発。 座席のモニターを開き、どこを飛行するのか興味津々である。越後三山の上空から日本海を渡り、ロシアのシベリアへ向かう。妻とあそこがどうだとか話している間に食事になった。ビールを飲みたいのをこらえてオレンジジュースで我慢。妻は飲み物を取らない。12時間のフライトなのでおしっこを控えるためである。  「釣りばか日誌」をみても時間はまだまだたっぷりある。日本の歌を聴きながら、時間をつぶす。 窓際にいる妻はツンドラ地帯の真っ白な世界を見下ろしているが少々飽きてきているようだ。画面に映るルートを確認しているうちに、バルト海に出てきた。どうやらヘルシンキ上空に来たらしい。白銀の世界から雲に覆われた青い海が見え、やっと欧州に入り、もう直ぐロンドンに着きそうだ。 時計も9時間遅らせている。長い1日だ。出発した日が27日のお昼、ロンドン・ヒースロー空港についた時刻が27日の午後3時である。 広い空港内をFUKEさんの後ろに従い、長い通路を歩き、税関を通り向けて玄関口に出た。外は寒い。迎えのバスが来て、ホテルへ直行。FUKEさんから欧州のホテルは建物がふるいので部屋の施設も良いとはいえないと言われる。特に水周りが悪いのでお風呂は満足に入れないかも。せめてもシャワーを使えれば満足かな。特にモンサンミッシェルは地方なので劣悪なホテルらしい。日本でいう民宿を想像してしまった。 市内に入るにつれ、胸がワクワクする。憧れのロンドンである。誇り高きイギリスの国である。町並みも赤茶けた壁の古い建物が目に付いた。ホテルの中庭に到着。ロイヤルナショナルホテルで地理的に大英博物館の近くらしい。市外地域でなく、よいロケーションである。 チェックインするのに現住所に郵便番号が入っていないと書き直される。 厳格なロンドンかな。 私たちは7階の部屋である。エレベーターはミシミシ音を立てる。シンドラー製ではなさそうだ。部屋数は相当あるようだ。 部屋に入り、お風呂を点検。まずシャワーが使えるのだろうか。バスタブの蛇口からシャワーの切替が出来ない。FUKEさんを呼んで調べてもらう。かなり力を入れると切り替えられた。と思ったら、今度はシャワーの継ぎ目から水が漏れ出してきた。このまま使っていれば止まるでしょうとのこと。車中、FUKEさんの説明どおりである。欧州の古いホテルはこんなものかと渋々納得する。 明日からの観光を控え、準備する。夕食まで時間があるので1階の売店を覗く。お土産の目途をつける。そしてホテルの向かいにある小さなスーパーマッケットで飲み物を買った。商品の価格表を見て、ポンド紙幣を出す。大した会話もせず、どきどきしながら無事買物が出来た。小銭も出来て枕銭も確保した。外国へ解き放された第一歩である。 夕食は皆揃って、1階の食堂へ。今回のツアーは全部食事付である。但し飲み物は別。早速FUKEさんからドリンクの買い方を教わる。アルコールはバー兼用の窓口でビール「ハイネケン」を注文する。現金と引き換えである。日本の国民宿舎と同じだ。気の利いた国民宿舎ならウェイターが持ってきてくれるのだが。やや面倒くさい。妻の分もこぼさない様にテーブルまで運ぶ。やっと満足に落ち着いてビールが飲める。一緒に同席した彼女たちと乾杯した。彼女達は大学1年生なので未成年。ジュースとビールで乾杯。初めてツアー仲間とゆっくり会話ができる。私も大学4年のときに欧州を旅行したが、1年生の彼女達の勇気には敬服した。和気藹々と夕食は楽しく済んだ。

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