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東京Walking 第21回 見沼たんぼ

目的地:見沼代用水東縁(ひがしべり)探索 実施日:平成27年4月20日(月) 参加者:9名             歴史を紐解く。 見沼公園は江戸時代前の大宮台地にあった。利根川がまだ東京湾に注いでいた。信じられない事実である。今の利根川は太平洋に注いでいるが、徳川幕府が出来る前は荒川と利根川が合流して江戸湾に流れていたのである。平行して渡良瀬川も江戸湾に注いでいた。 徳川家康が江戸に幕府を開き、越谷付近で氾濫していたので、ひとつは利根川東遷(とうせん)事業を始めた。伊奈一族が利根川を鬼怒川と小貝川に合流させた。さぞ大事業であっただろうと想像する。荒川も入間川に合流させ荒川西遷(せいせん)という事業で西側へ本流を変えている。 伊那一族(代官)は大宮辺りにため池を作る。八丁堤という堰堤を作った。そのお陰で周辺の新田開発が進んだ。 所が見沼溜井だけでは水不足になり、八代将軍徳川吉宗が新田開発を配下の井沢弥惣(いざわやそ)兵衛(べえ)為永(ためなが)に命じる。灌漑溜池であった見沼溜井を代替用水路に変える。流路は現在の埼玉県行田市付近の利根川より取水され、東縁代用水路は東京都足立区、西縁代用水路は埼玉県さいたま市南区に到る。日本の三大農業用水の一つとされる。(埼玉、東京の葛西用水路、愛知県明治用水)。また見沼代用水は利根川から見沼田んぼまで多くの水路や道路を横断している。川の下に水路を潜らせる伏越(ふせこし)53基、川の上に水路を渡す掛渡井(かけとい)4基、関粋(取水口)は大小合わせて164基、主要な橋は90ヶ所も設置されている。とくに元荒川を潜らせた伏越、綾瀬川の上を渡した掛渡井は、重要構造物として知られている。代用水は綾瀬川を越えた直後に台地の縁に沿って東西2本に分流する。西側に掘削された見沼代用水西縁(全長22Km)と東側の台地に沿って掘削された見沼代用水東縁(16Km)となる。見沼代用水は干拓して開発した水田に水を入れたのち、低地を流れる芝川に排水する仕組みを取る。こうして見沼溜井は約1200町歩(1町歩は3000坪)の新田に替わり、毎年5000石もの年貢米を生産するようになる。また見沼通船掘を作り、閘門式運河(一例:パナマ運河)により、村々からの年貢米を始めとして、野菜や薪などの産物を江戸へ運ばせ、江戸からは、主に乾鰯(ほしか)や大豆粕といった肥料、塩などの商品が運ばれた。物資輸送により地域経済の発展に貢献した。 (治水事業では溜池を作る伊奈一族を関東流、用水作りの井沢弥惣兵衛を紀州流という。井沢は飯沼開拓、手賀沼等各地で手腕を発揮した。) その中の一つ、東縁を探索した。                                                4月20日 今回は下見である。大型バスに乗り出発。首都高・安行で降りる。 安行・道の駅の大型車両の駐車スペースは2台。それもトラックが2台停車している。普通車スペースに停める。帰りの道の駅には使えないとの判断である。 車はさいたま市へ向かう。スタッフはセブンイレブンで弁当を買い込む。私は事前に用意していた。 埼玉スタジアムを右手に見て、見沼公園に到着。危うい天候である。 私は始めての参加なのでよく分らないので後から付いていくことにした。写真を写しながら気楽に歩く。皆さんは必死にバインダーに挟んだ用紙に何か書き込んでいた。 バイトのM氏と一緒である。見沼公園の地図を貰っていたのでそれに目印を書き込んだ。みなさんは道順やら目印を細かく書き込んでいるようだ。 私は大体の道順は頭に記憶できるので余り記入することはなかった。 七里公園の先で中堅の先輩ガイドさんが道を誤っていた。余計なことは言わないように黙っていた。これも下見なので苦労することによって色々と覚えることも勉強である。 目的のコースに離れたので引き返した。川筋の道を歩き、蛍の里を辿り、市道に出る。川に戻り、田んぼを眺めながら進む。 坂東家の屋敷を目指す。この日は休館日であった。見沼公園入り口はすぐである。 バスに戻り、昼食となる。リーダーのSさんが皆さんに手作りのおにぎりとおかずなどを提供していた。リーダーともなると大変だ。 午後の部は傘を差して歩く。見沼代用水東縁を下る。きじを発見。ここはさいたま市の都会であるがまだ自然が残っていた。国昌寺を迂回して戻る。 近道が命とりとなる。また道に迷った。迷ったところから戻り、通行人に聞きながら、前進した。鷲神社は迷路なような道を進んでたどり着いた。 ここから東縁に戻り、橋を渡るが、ふみ跡の少ない道である。そのうち直進組みと右折組みに分かれてしまった。草むらの道であるが右側の方がまだましである。氷川社に着いた。直進組みも合流した。あまりぱっとしない社である。 神社を素通りして林の中を進む。女性達の悲鳴が上がる。どうやら蛇と遭遇したらしい。彼女らをなだめて、前進して、東縁に出る。 橋を渡って、前方の寺手前で左折した。真正面に立派な門構えの家に出る。どうやらここも案内するところらしい。 人が住んでいるので中には入らず、外観を見て、出発。 鷺沼公園に出る。 記念館に入る。スリッパが7,8人分しかない。団体さんが入館するには無理である。ここはカットするらしい。 鷺沼公園と見沼公園はつながっていた。 やっとバスが見えてほっとする。随分道を間違えた。まともに歩けば午前、午後1時間ずつあれば回ってこられる。トータル7時間は長かった。下見もはなはだ疲れるものである。                                                                                                                                                                                                              参考 1.コース 船橋6:00~安行道の駅7:30/8:00~セブンイレブン8:30~見沼公園8:48~七里公園10:06~旧坂東家宅12:00~バス駐車場12:30/13:30~国昌寺の先14:30~鷺沼公園15:39~見沼公園16:16発~川口SA~船橋17:30 歩行コース 約15Km(下見の距離)      2.概略図 

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