東京Walking  第31回 さった峠ウォーク

目的地:静岡県清水区さった峠 実施日:平成28年1月13日(水) 参加者;バスツアー(スタッフ)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1月13日(水) 前日(早朝)の初雪。予定の2台が1台に変更。 海老名サービスエリアで休憩。富士川サービスエリアでトイレタイム。 清水ICで降りる。すぐ清見(せいけん)寺に着いた。この寺の敷地内を東海道線が走っている。よって境内に入るのに、鉄橋でわたる。由緒ある寺である。徳川家康が幼少の頃、今川氏の人質として預けられたらしい。江戸時代は家康の保護をうけ、徳川の家紋が瓦に付いている。また朝鮮通信使もこの寺を使った。 境内を散策して、裏手の階段を降りる。踏み切りを渡り、車道を左折。ひたすらまっすぐ歩く。途中で無人販売のみかんが一袋百円で売っている。とてもお徳である。 1時間で興津川を渡る。東海道線の踏み切りを渡り、細い道を上がっていく。みかん畑も目立つ。 車道を右折すると駐車場に出る。ほとんどの人はここでトイレ休憩をする。 10分ほどの坂道を登ると浮世絵の世界に出る。さった峠である。今は高速道路と東海道線を眼下に見、駿河湾沿いの先にはくっきりと富士山が見える。右手には愛鷹山、箱根、伊豆山地(天城山)の全景が見える。青い海は穏やかである。申し分のない絶景である。 ここで1時間ほどの昼食タイム。みなさん日当たりのよいところに腰を下ろして、景色を眺め、弁当を広げる。 遊歩道を抜けると車道とトイレにぶつかる。ここで点呼して全員戻っていることを確認。 急斜面のみかん畑の舗装道路を下る。下りきった所が一里塚。旧家の町並みが続く。軒下にはみかんの無人販売所があちらこちらにある。安くておいしいみかんである。両手にみかん、さらにザックにもみかん。さすが主婦だと感心するのみ。 道には旧家や神社が多い。1本道を30分ほどで突き当たりの県道に出る。この道は車両が頻繁に走っているので、歩道橋を渡る。石材店に出たら、左折して由比駅方面へ進む。魚屋さんが多く、桜海老があちらこちらで販売されている。 漁港直売所もあるので時間のある人は寄って見るのもよい。 由比川を渡れば、もうすぐで由比本陣公園である。 綺麗な屋敷の堀川には亀が甲羅干しをしている。30匹くらいいそうだ。 中に広重美術館や由比宿交流館があり、見物するのもよい。 裏手の神社の石段を上がるとゆい桜えび館に出る。ここが最終ポイントである。桜海老、削り物直売所がある。生の桜海老を買って、バスに乗車。午後3時頃に出発。 日帰りウォーキングにしてはちょっと長旅である。 意外と東名高速はスムースに進んだが、船橋市内は大渋滞であった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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参考 1.コース 1月13日(1回目)~2回目<16日>は省略 我が家4:40~JR津田沼駅~競馬場前6:40~海老名SA7:50/8:10~富士川SA9:05/9:25~清見寺9:45~さった峠11:25/12:40~由比本陣公園14:25/15:05~海老名SA16:25/16:50~JR津田沼18:20~バス会社19:45/19:55~我が家20:15 (歩行距離:10Km) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2.概略図

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東京Walking 第30回 鋸南町水仙ロード

目的地:鋸南町水仙ロード 実施日:平成28年1月10日(日) 参加者;バスツアー(スタッフ3名、参加者41名) 1月10日(日) バス1台である。京成競馬場前経由津田沼駅を8時20分に出発。京葉道路に進む。 君津パーキングでトイレ休憩。 保田駅前で下車。 この水仙ロードには源頼朝の逸話が多い。頼朝は石橋の合戦で破れ、海を渡り、このちに逃れてきた。房総半島を横切り、仁衛門島で囲われて、下総へ入ってまた挙兵するのである。 本文に戻る。 踏み切りを渡り、保田神社で陣容を整える。一般観光客もちらほらと歩いていた。 七面川ぞいに歩く。土手には菜の花が満開である。異常気象で春の花がいっぺんに咲いていた。桜、蝋梅そしてお目当ての水仙。車道はいつのまにか人の往来で一杯である。 田園風景や水仙を写真に納める人も多い。私たちの集団も長蛇の列である。 水仙広場では男性が美声で色々な曲を披露していた。 ここで甘酒を飲む。日差しもあり、温暖である。春のウォーキングも絶好調である。 但し、唯一の簡易トイレはいっぱいで行列になっていた。 ここら辺りから少し登りが始まった。 山頂らしくない山頂の標識を過ぎると、見返り峠を通る。二俣の道を右折すると視界がまた開ける。双耳峰の津辺山が見える。裏に富山も顔を出している。街道筋を見下ろしながら下る。 佐久間川を渡ると街道に出る。赤伏バス停に観光バスが止まって待機中である。 4Kmの軽いウォーキングは終了した。 これから、今回の観光コースのもう一つの楽しみがある。国道は渋滞なので高速道で金谷へ向かった。フナ盛りの昼食である。東京湾を望みながら、贅沢なお正月である。 バスはまた移動して、小泉酒造へ向かった。天羽高校を通り過ぎて、鹿野山の裏を通る。 標識を頼りに進むとよい。広い駐車場があり、「酒匠の館」という建物がお迎えする。 館の裏に酒蔵があるが見学は出来ない。但し、試飲ができるので飲みすぎに注意。ここは東魁盛が有名である。私は八犬伝という東魁盛の原酒であるお酒を買う。後日、封を開けて飲むと独特の甘みのある酒で口当たりがすごくよかった。余りに感激したので私の別のブログで千葉の酒として紹介した。 ~(省略)~ すばらしい正月になりそうだ!

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参考 1.コース 1月10日 我が家7:00~競馬場前8:20~津田沼駅8:40~君津PA9:50/10:10~保田駅10:30~水仙広場11:50~赤伏停留所12:30~漁師料理かなや12:50/14:00~小泉酒造14:30/15:00~津田沼駅~競馬場~バス会社17:00/17:30~病院18:00 歩行距離:4Km ・・・・・・・・・・・・・・ 2.概略図

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東京Walking 第29回  北条歴史探訪とつくば道

目的地:北条町とつくば道(常陸の国、小田氏と多気氏の勢力争いの舞台) 実施日:平成27年12月5日(土) 参加者;バスツアー////////// 12月5日(土):快晴 大型バス1台と小型バス1台の2台である。京成競馬場前を6時40分に出発。 守谷サービスエリアで休憩し、土浦北ICで降りる。 今回のコースは以前、妻と宝篋山に登った近くである。そのときに下山後に小田城跡を見に行ったのだが、道が細く、何もないところなのでそのまま諦めて帰った。今思えば、じっくり探せばよかったと思った。 バスは北条大池隣の筑波総合体育館にとまった。 各自準備体操して、出発。北条商店街を歩く。途中左折して、裏掘用水路を渡り、水路沿いに歩く。また用水路を渡ると多気太郎(多気城城主)のお墓がある。なんとなくうらぶれたさびしいお墓でした。 この一帯(常陸の国)は鎌倉時代前に大じょう氏(のちに多気)の勢力下であった。鎌倉時代から守護職として小田氏の支配地となる。その後南北朝時代に佐竹氏の支配となる。江戸幕府になると水戸徳川家の支配地になる。いずれにしても昔から常陸の国として栄えた場所だと分る。以外と知らなかった筑波の町が少し理解できたような感じがした。 商店街に戻り、横断してやや高台にある無量院に寄る。ここにトイレがあるが、団体さんは使わせてもらえないので注意。使う方のマナーが悪いと警戒されるのも当たり前である。この山麓(この上が城山で多気城があった)に平行(等高線)して歩く。熊野神社、日向廃寺跡を巡り、一般車道に出る。100メートル先で右折して細い道に入る。 宮本病院を通り、広い車道を横切る。更に進むとT字路を右折する。 正面に宝篋山が見え、芝生の丘が見える。丘の上に茅葺の大きな建物が見えた。 平沢官衙(ひらさわかんが)遺跡である。奈良・平安時代の筑波郡の役所の跡で、復元された三棟の正倉が胸をはって並んでいるようだ。 駐車場とトイレ付休憩場がある。こちらのボランティアの方が色々と説明してくれた。 この町は本当に不思議な地域だと改めて思った。そういう歴史を抱えているから、筑波学園都市が出来たのかとも思う。 やや風が冷たいが、筑波山と宝篋山を眺めながら芝生の上で昼飯にする。 食後は一路筑波山神社駐車場を目指す。 つくば道(筑波山は万葉の昔から神の山として仰がれてきた。この道は徳川三代家光の時に参詣道として開設された)に合流すると神郡(かんごおり)という町並みに入っていく。右手に普門寺の境内がある。中に入って休憩する。この寺は豪族小田氏の祈願寺として格式あるお寺である。お茶のおもてなしを受けた。 つくば道を更に進むと、坂道になる。 本日ウォーキングの最後の難所でもある。数名が大部遅れる。 坂道を登りきり、右折すれば神社だが、今回は割愛して左手に曲がり、駐車場へたどり着く。//////////

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参考 1.コース 12月5日(1回目)~2回目<12日>は省略 我が家5:40~JR津田沼駅~競馬場前6:40~守谷SA7:40/8:00~北条大池8:40/9:00~無量院9:40/10:00~v平沢官衙遺跡10:30/12:00~普門寺12:25/12:45~坂道・公園13:20~駐車場13:45/14:10~守谷SA15:05/15:25~JR津田沼17:00~バス会社17:20/17:30~我が家18:00 歩行距離:8.0Km//////// 2.概略図

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東京Walking  第28回 八王子城跡と絹の道ウォーク

目的地:八王子城跡と絹の道、 実施日:平成27年11月11日(水)、 参加者;バスツアー、 ///////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////// 11月11日(水) 今回はバス1台である。首都高を抜け、石川パーキングで休憩。八王子ICで降りた。甲州街道から多摩御陵の脇を通り、八王子城跡に8時45分に着いた。 地元ボランティアガイドさんが9時からなので、その間、それぞれトイレ休憩を兼ねてガイダンス施設による。 管理棟に集まり、38名を4班に分けて出発。9時10分。コースは概ね、本丸跡を目標にし、その後御主殿を見て戻る。ボランティアさんの裁量によるのでそれぞれ説明と回るコースが違ってくる。私のボランティアさんは年配の男性の方で病院通いしているので無理せずゆっくり休みながら登った。最初に金子曲輪である。この城は小田原の北条氏の出城的な存在である。岩の多い山なので頑丈な山城となった。だが、豊臣軍に包囲され、多数の死者を出した。城主(北条氏照)は小田原城にいて少数部隊が城を守ったが、全滅したとのこと。この山全体が城になっている。所々に石垣があり、攻めて来る敵を目がけて岩を落とした。この曲輪も家臣の名前で付いている。郭の説明があり、そもそも家臣団の集落的な場所をいうらしい。私どもは吉原の郭しか思い当たらない。 緩やかな登りを続ける。眺望のよい場所に出る。八王子市街地と都心の中に際立って高いスカイツリーが見えた。足元に○○合目と印した石があり、登りのバロメータになっている。 十合目に八王子神社(午頭天王とその眷属神である八人の王子を祀る信仰)がある。周りには青いもみじの木があり、まだ紅葉には早い。この地名の由来は延喜16年(916年)に華厳菩薩妙行が八王子権現を祀り、北条氏照が城の守護神としたものである。そこからこの城とこの町の名前となった。 神社の石段を登り、もう一山登ると本丸跡に着いた。10時30分。本丸とはいえ、天守閣などの大きな建物はなかったらしい。展望はない。ここで小休止。 下に松木曲輪があり、高尾山の中腹まで望めます。更に下り、御主殿跡まで降りる。 御主殿跡は氏照の館があり、今は礎石しかない。目の前に曳橋があり、現在工事中。 車道に出て、城山川に沿って下ると、川の反対側に大手門跡がある。更に下ると出発点の管理棟に着いた。全員が到着したのは11時45分。ボランティア氏にお礼を言って解散。ランチタイムになる。 ここを13時に出発。市内を北から南へ移動する。京王線片倉駅付近を過ぎ、大塚山公園の近くの交番前に着いた。交番の前の横断歩道渡ろうとしたら、おまわりさんが出てきて、誘導してくれた。職業柄当たり前かも知れないが、とても有り難く思った。おまわりさんに感謝しつつ、16号バイパス脇の道を進む。 数百メートル先の左手に急な階段が現れた。結構きつそうな階段である。手すりを頼りに登る人、途中途中で息を整えて上がる人とさまざまである。 階段を登りきり後ろを振り向くと富士山がくっきり見える。 またゆるやかな歩道をしばらく歩くと、大塚山の入口の階段に出る。ここは先ほどの階段ほどきつくない。上がると鎮守の森という感じである。鬱蒼とした森の中に三角点と道了堂跡と石灯籠があった。 石段の脇にも一本の緩やかな道があり、そちらを下る。ここから今回の目的である、「絹の道」を歩く。 絹の道は輸出用として長野県や群馬県などから絹が運ばれて、横浜港へつながれたルートのひとつである。今話題のNHKドラマに出てくる「花燃ゆ」の真最中でもある。吉田松陰の妹が群馬県(富岡製糸場)で活躍している場面でもある。ツアー参加者にはなじみやすく理解しやすい。ここから御殿橋まで約1.5Kmの道を市の史跡として指定されている。約1Kmは未舗装部分で昔の面影を残している。 森の中に続く、両脇が抉れた土の道も気持ちがよい。私にとっては見慣れた山登りの一風景であり、余り新鮮味はない。だが都会に住む人から見れば、ほっとする空間だと思う。絹を載せた荷馬車が通る。そんな風景を思い浮かべる。 車道に出て、左に進むと、絹の道資料館である。資料館を覗き、トイレと休憩をする。 御殿橋を渡り、坂道の手前に小泉家屋敷がある。茅葺の農家で東京都の指定文化財となっている。個人宅になっているので家の中には入れない。 坂道を上がると地元の中学生が挨拶してすれ違う。親のしつけが行き届いているのだろう。都会子には珍しかった。 道を左に折れて、ちょっと長く歩く。公園のわき道から近道して園内に入った。テニスコートは賑わっていた。立派な野球場もある。午後3時に到着。広い駐車場にはバスが待っていた。トイレ休憩して出発。 帰りは16号バイパス道路を使い、中央高速道に入った。 順調に石川パーキングに入り、首都高を抜け、JR津田沼駅に5時40分に着いた。 天気もよく、渋滞もなく、ウォーキング日和の1日でした。

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参考///// 1.コース 11月11日(1回目)~2回目<21日>は省略 我が家3:40~JR津田沼駅~京成競馬場前6:40~石川PA8:00/8:20~八王子城跡8:48/9:10~本丸跡10:30~御主殿~八王子城跡駐車場11:45/13:00~片倉交番13:30~大塚山~絹の資料館~小泉家屋敷~上柚木公園15:00/15:20~石川PA15:40/16:00~京成競馬場前~JR津田沼17:20~バス会社17:45/18:00~我が家19:00 歩行距離:8.5Km///// 2.概略図

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東京Walking  第27回 吉見百穴散歩

目的地:吉見百穴(よしみひゃくあな)とポンポン山////////// 実施日:平成27年10月21日(水)////////// 参加者;バスツアー////////// 10月21日(水)////////// 天気は曇り。関越自動車道の三芳パーキングで1回休憩し、東松山ICで降りる。まもなく東松山駅近くの箭弓稲荷神社(やきゅういなりじんじゃ)に9時到着。バスは境内で回転して出て行く準備である。立派な神社である。お賽銭を投じ、二礼二拍手した。 やっくんときゅうちゃんの狐の銅像がある。仲良く向かい合っている。縁結びの神様でもあるらしい。 トイレ休憩後、体操して9時15分にスタート。東武線の東松山駅を迂回する。 30分後、岩室観音でお参り。通りを横切って、すぐ吉見百穴に着いた。古墳時代の末期に作られた横穴墓である。その下に太平洋戦争末期に地下軍需工場が作られた地下道があった。 10時40分に出発。細い道を通り抜けて、田園風景を見て歩く。 吉見観音(安楽寺)、階段を上がると鳥居の看板に岩殿山と書かれている。大月(山梨県)の山を思い出す。 トイレ休憩して、11時45分に出発。階段を下りて左折する。道なりに進むと八丁湖に出た。鳥が二羽水面すれすれに飛んでいた。水上スキー並みである。 森の中にあるトイレ付近で昼食になる。 1時間も長い休憩なので体が冷える。これからの季節、屋外での休憩に備えてもう一着羽織るものを用意すると良い。出発は午後1時10分。 山道を抜け、のどかな村営道路を歩く。 車道に出て、右折し、また左の山道に入る。また車道を横切って、高負彦根神社別名ポンポン山である。ある一箇所で飛び跳ねるとポンポンと音がする。音源は詳しくは分らない。 休憩後、神社の右手から山を降りる。車道を進んで、八丁湖の看板を見て、そちらに進む。田園風景が続く。 八丁湖の裏手を歩き、左折する。小学生の少グループが先生に引率されてすれ違う。元気な声で「こんにちわ」と挨拶。 車道に出て右折する。100メートルほどで信号を左折する。大きな町民体育館まで行き、右折する。しばらくすると横道で警察が待機し、取締をしている。でも捕まっている様子はなかった。 先頭グループの最後尾のおばさんがちょっと疲れたようだ。苦情を言いながら歩いていた。ボンボン山から休みなしなのでお年寄りには辛そうだ。 道の駅に午後3時に到着。解散してそれぞれのお買物をしていた。私は200円の次郎柿(安い)と漬物を二つ買う。3時40分に出発。 今度新しく出来た、外環道路の川島ICから入り、鶴ヶ島JCTから関越道に入った。 川口パーキングで女性のお客さんが車止めに足を引っ掛けてケガをした。額に擦り傷と腕を強打したらしい。男性が抱えていた。ツアーのお客様はほとんどお年寄りが多いので、ウォーキングの後も安心しないで欲しい。ちょっとした段差には特に注意が必要である。 津田沼駅には6時過ぎに着いた。事故があったが意外と早めに着いた。ほっとする。//////////

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参考 1.コース 7月21日(1回目) 我が家3:40~JR津田沼駅~競馬場前6:40~三芳PA8:00/8:25~箭弓稲荷神社9:00/9:15~百穴10:15/10:40~吉見観音11:30/11:45~八丁湖12:00/13:10~道の駅15:00/15:40~川口PA16:45/17:15~JR津田沼18:00~我が家20:00/////////// 7月26日(2回目) 我が家4:00~競馬場前6:40~三芳PA8:10/8:55~箭弓稲荷神社9:20/9:45~百穴10:37/11:10~吉見観音12:00/12:15~八丁湖12:33/13:35~道の駅15:20/16:00~川口PA17:00/17:25~競馬場前18:00~我が家19:30 歩行距離:12.5Km 2.概略図

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東京Walking 第26回 戦場ヶ原・散策

目的地:戦場ヶ原(栃木県日光)/////// 実施日:平成27年8月19日(水)/////// 参加者;バスツアー//////// 8月19日(水)/////// 戦場ヶ原を歩くのは3回目になる。 1回目は太郎山登山(光徳牧場/大学・山荘宿泊)である。2回目は赤岩の滝・散策(日光白根山の裏)である。昔の話である。夕日が沈む戦場ヶ原の景色を眺めた。とても幻想的であった。もう一つは熊に遭遇したことである。熊が多いのでこの地の散策は気を付けたほうが良い。........ いろは坂を登り切れば、中禅寺湖である。また先に進むと竜頭の滝に着く。バスから降りると、休む暇なく、滝を見ながら、階段を上がり、車道を横切る。 笹の中の遊歩道をしばらく歩く。車道のある、赤沼分岐でトイレ休憩。 2班に分かれているはずが、1班の乗客が数名、2班に紛れていた。点呼の際に確認できた。 森林帯から戦場が原に入ると、段々周りの山も見えてくる。右手に男体山、その左手に太郎山である。さらに正面には温泉ケ岳、根名草山、日光白根山である。ただし、日光白根山は外輪山が邪魔して見えない。いずれの山も昔、登った山なので懐かしい。 大昔、白根山から流れた大谷川(鬼怒川に合流)は男体山の噴火で堰き止められた。華厳の滝ができ、広い湖が中禅寺湖である。日本列島の地形は火山で形成されているのである。住むには怖いところであるが、火山の恩恵で温泉が湧きだしている。とても癒される。そしてこの島国は四季があり、世界でもまれにみる独特な気候分布となっている。日本に生まれてよかったと思う。 泉門の池で昼食である。ベンチがあるがこの団体(人数)では足りない。シートを敷いて森林浴のなかで寛ぐ。 食後は湯本をめざして出発。 今まで平坦な道が少しずし登っていくようだ。 湯滝は豊富な水量で、しばし見上げていた。お店のベンチで休憩する。 湯滝のきつい階段を上がり、湯の湖沿いに歩く。終点の湯元温泉に到着。 足湯に浸かり、休憩後待っているバスに乗車。 いつもより遠出なので帰りは遅くなった。///////

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参考 1.コース 8月19日/// 我が家3:40~JR津田沼駅~競馬場前6:40~竜頭の滝~赤沼分岐~泉門池(昼食)~湯滝~湯元温泉~JR津田沼18:30~バス会社19:30~我が家20:00 歩行距離:8.0Km///// 2.概略図

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東京Walking 第25回 河口湖畔ウォーク

目的地:河口湖畔(山梨県) 実施日:平成27年7月11日(土) 参加者;バスツアー(43名) バス2台////////// 7月11日(土):快晴 天気は上々。談合坂で1回休憩して、河口湖畔の大石公園に到着。昔、ここから須藤氏と御坂山に登った記憶がある。 今回は暑い河口湖になった。満開のハーブが綺麗である。 湖畔を長蛇の行列で進む。河口湖美術館前でトイレ休憩する。 河口湖大橋の正面は富士山だ。観光バスの往来も多い。 橋を渡りきり、階段を下りて湖畔沿いにまた進む。 昼食場所である八木崎公園に着いた。ハーブフェスティバルメイン会場になっていた。炎天下なので広いテント下へ避難する。人ごみであるがわずかな隙間を狙って、空席をゲットした。ビール販売所が目の前にある。唾を飲み込み我慢である。 これからは遊歩道なので歩きやすくなる。 道路を横切って、富士御室浅間神社に着いた。杉の木陰で一休み。 湖畔道に戻り、道の駅へ向かう。湖と周辺の山を眺めながら暑さに耐えて歩き続ける。 やっと道の駅かつやまに着いた。 ほっとする。観光バスは他に数台留まっていた。この道の駅は何回か山帰りに使わせてもらっていた。会社のお土産を買う。 ///////

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参考 1.コース 6月29日 競馬場前6:40~談合坂9:00/9:25~大石公園10:10/10:30~八木崎公園12:20/14:00~富士御室浅間神社14:15/14:35~道の駅・かつやま15:00/15:30~船橋18:30~我が家20:10 歩行距離:10Km /////// 2.概略図

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東京walking 第23回 小幡城下町ウォーク

目的地:小幡城下町ウォーキング 実施日:平成27年6月6日(土) 参加者:バスツアー ......... 甘楽の町を満喫する。富岡製糸所で有名な富岡市の直ぐとなりに甘楽町がある。そもそも甘楽をまともに読めなかった。 このツアーでまた賢くなった。 .......... 6月6日(土) 船橋競馬場駅前、小雨の中を出発。 三芳パーキングで休憩したあとはそのまま富岡SAで下り、甘楽道の駅に8時40分に到着。 15分後に出発。城下町といってもお城もない。平坦な町なかで遊水路が発達している。小幡氏は古代末の豪族である。1590年に落城し、この地から姿を消した。その後、徳川幕府が出来、織田家を小幡藩主とした。織田信長の次男、信雄(のぶかつ)が生き延びたところである。歴史的には織田信長が本能寺の変で殺されてから、織田家は歴史の表舞台から消えた。細々と中堅大名として脈々と織田家は存続したらしい。 大手門から遊水路を歩く。上毛三山に囲まれた景色の良い場所である。遊水路も良くできていて、町の生活水路として活躍した。今では水道が発達して、ほとんど使われていないらしいが、地元の人たちがきれいに保存している。 梅雨前とはいえ、むっとして暑い。崇福寺(そうふくじ)の裏に織田氏七代の墓がある。10時35分に着いた。五輪塔が並ぶ。墓前に甘楽町指定史誌の立札がある。墓を少し下ると位牌堂がある。七代の位牌が安置保存されている。 更に水路のわき道に沿って、上流へ進む。琵琶、梅、キュウイの実がなっている。つい手が伸びそうになる。木の実とはいえ、人様のものである。 雄川を渡ると車道を少しずつ登っていき、養蚕の古い家屋を見ながら歩く。 曹洞宗宝積寺(ほうしゃくじ)入口の石柱があり、ここからがわずか500メートルの寺までがきつい。 紫陽花がきれいに咲いている。階段を上がればお寺である。11時30分着。寺の裏には小幡氏歴代の墓と菊女母娘(秘話)の墓がある。 弁当を食べ、ゆっくりする。 12時40分に出発。 総合公園を抜ける。ここは野球が盛んなところである(特に高校野球)。野球場には子供達が元気な声で試合中である。後日来たときは中年チームが何組か集まって試合をするところであった。 街中を進むと喰い違い郭、大奥、武家屋敷を覗きながら、道の駅へと向かった。 浅間山がちょこっと顔を出していた。 午後2時15分に道の駅に。 甘楽総合福祉センターのお風呂でゆっくりした。 帰りの国道に三途橋がある。昔、行基上人が奪衣婆像を作成したもので川の近くに安置されているそうだ。詳しくは墾道(私のブログ)を参照されたい。 .......... 参考 1.コース 我が家4:15~競馬場前6:50~三芳PA8:40~道の駅9:45/10:00~仙人掘り10:43~天守閣付近10:53~織田宗家七代の墓10:35~宝積寺11:30/12:40~道の駅13:50/14:15~福祉センター14:30/15:40~三芳PA16:50/17:05~競馬所前19:00頃~我が家20:00 *歩行距離 約9Km、歩行時間4.5時間

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東京walking 第22回 笠間ウォーク

目的地:笠間ウォーキング/ 実施日:平成27年5月16日(土)/ 参加者;バスツアー/ 笠間といえば益子焼に並ぶ関東の焼き物で有名である。じっくりとこの町を見物したことがない。良い機会である。近くの難台山・吾国山縦走、益子から雨巻山登山は登っている。あくまでも笠間の城跡を中心とした散策となった。/ 5月16日(土) バスツアーウォーキングである。1回目(弘法山)より気分的に楽である。 朝の3時45分起きはちょっときつく、寝不足である。 やや小雨模様である。守谷サービスエリアで休憩。 笠間芸術の森の北口ゲートに着く。皆さんそれぞれ雨合羽に着替える。私は最後尾に付く。森の中を通り抜け、車道に出る。更に左折して、市営菊栽培場前から山道に入る。 坂道の途中に大石があり、「歌うたい石」の由来の石碑がある。また登り続けると車道に合流する。その道を横切る。 広い駐車場に出た。10時43分。史跡千人溜り跡の石碑がある。 大手門から近道して、笠間城跡の平坦地に着いた。10時53分。この先に佐白山があるのだが、足場が悪いということでカットされた。とても残念である。森林浴の道を下るが湿気で蒸し暑い。薮蚊だろうか刺されて腕がかゆい。 山麓公園に11時17分に到着した。 昼食タイムとなる。大石内蔵助の銅像がある。ビニールシートを敷いて、弁当を食べる。近くの犬が吠えていた。小屋の後ろに繋がれているらしい。皆さんの弁当のにおいが騒ぐ原因なのかもしれない。 また雨が降り始めてきた。12時20分前に出発。 公園駐車場から車道を右折する。まもなく廃屋に近い家がある。坂本九ちゃんが戦中疎開して住んでいた家らしい。 車道を一列に並んで歩き続ける。つつじ公園へ入る。つつじの花が散り終わったところである。坂道を登りつめるときれいに整備された展望台がある。筑波山は桜の巨木の陰になる。右手に笠間の町と仏頂山と雨巻山が見える。休憩して下山する。正福寺(佐白山観世音寺)を経由して、佐白山山麓公園の駐車場に戻った。そのまま町の方へと進む。 稲荷神社に午後1時20分に到着。バス駐車場までは各自で集合することになり、1時間の自由行動である。外国人のツアー団体も着ていた。意外とメジャーなところなのかもしれない。仲見世通りを抜けて、神社にお参りする。私もバスにザックを置き、再度神社を見物した。 2台のバスは2時30分に出発。守谷サービスエリアに寄って、船橋へ帰った。/                    参考 1.コース 我が家5:00~津田沼駅6:15~競馬場前6:50~守谷SA8:10~笠間芸術の森9:03/9:20~仙人掘り10:43~天守閣付近10:53~公園11:17/12:20~つつじヶ丘公園12:40~稲荷神社13:20~バス駐車場14:30~守谷SA15:30/15:50~競馬所前~津田沼駅~我が家17:30 *歩行距離 約7Km、歩行時間3時間/ 2.概略図

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東京Walking 第21回 見沼たんぼ

目的地:見沼代用水東縁(ひがしべり)探索 実施日:平成27年4月20日(月) 参加者:9名             歴史を紐解く。 見沼公園は江戸時代前の大宮台地にあった。利根川がまだ東京湾に注いでいた。信じられない事実である。今の利根川は太平洋に注いでいるが、徳川幕府が出来る前は荒川と利根川が合流して江戸湾に流れていたのである。平行して渡良瀬川も江戸湾に注いでいた。 徳川家康が江戸に幕府を開き、越谷付近で氾濫していたので、ひとつは利根川東遷(とうせん)事業を始めた。伊奈一族が利根川を鬼怒川と小貝川に合流させた。さぞ大事業であっただろうと想像する。荒川も入間川に合流させ荒川西遷(せいせん)という事業で西側へ本流を変えている。 伊那一族(代官)は大宮辺りにため池を作る。八丁堤という堰堤を作った。そのお陰で周辺の新田開発が進んだ。 所が見沼溜井だけでは水不足になり、八代将軍徳川吉宗が新田開発を配下の井沢弥惣(いざわやそ)兵衛(べえ)為永(ためなが)に命じる。灌漑溜池であった見沼溜井を代替用水路に変える。流路は現在の埼玉県行田市付近の利根川より取水され、東縁代用水路は東京都足立区、西縁代用水路は埼玉県さいたま市南区に到る。日本の三大農業用水の一つとされる。(埼玉、東京の葛西用水路、愛知県明治用水)。また見沼代用水は利根川から見沼田んぼまで多くの水路や道路を横断している。川の下に水路を潜らせる伏越(ふせこし)53基、川の上に水路を渡す掛渡井(かけとい)4基、関粋(取水口)は大小合わせて164基、主要な橋は90ヶ所も設置されている。とくに元荒川を潜らせた伏越、綾瀬川の上を渡した掛渡井は、重要構造物として知られている。代用水は綾瀬川を越えた直後に台地の縁に沿って東西2本に分流する。西側に掘削された見沼代用水西縁(全長22Km)と東側の台地に沿って掘削された見沼代用水東縁(16Km)となる。見沼代用水は干拓して開発した水田に水を入れたのち、低地を流れる芝川に排水する仕組みを取る。こうして見沼溜井は約1200町歩(1町歩は3000坪)の新田に替わり、毎年5000石もの年貢米を生産するようになる。また見沼通船掘を作り、閘門式運河(一例:パナマ運河)により、村々からの年貢米を始めとして、野菜や薪などの産物を江戸へ運ばせ、江戸からは、主に乾鰯(ほしか)や大豆粕といった肥料、塩などの商品が運ばれた。物資輸送により地域経済の発展に貢献した。 (治水事業では溜池を作る伊奈一族を関東流、用水作りの井沢弥惣兵衛を紀州流という。井沢は飯沼開拓、手賀沼等各地で手腕を発揮した。) その中の一つ、東縁を探索した。                                                4月20日 今回は下見である。大型バスに乗り出発。首都高・安行で降りる。 安行・道の駅の大型車両の駐車スペースは2台。それもトラックが2台停車している。普通車スペースに停める。帰りの道の駅には使えないとの判断である。 車はさいたま市へ向かう。スタッフはセブンイレブンで弁当を買い込む。私は事前に用意していた。 埼玉スタジアムを右手に見て、見沼公園に到着。危うい天候である。 私は始めての参加なのでよく分らないので後から付いていくことにした。写真を写しながら気楽に歩く。皆さんは必死にバインダーに挟んだ用紙に何か書き込んでいた。 バイトのM氏と一緒である。見沼公園の地図を貰っていたのでそれに目印を書き込んだ。みなさんは道順やら目印を細かく書き込んでいるようだ。 私は大体の道順は頭に記憶できるので余り記入することはなかった。 七里公園の先で中堅の先輩ガイドさんが道を誤っていた。余計なことは言わないように黙っていた。これも下見なので苦労することによって色々と覚えることも勉強である。 目的のコースに離れたので引き返した。川筋の道を歩き、蛍の里を辿り、市道に出る。川に戻り、田んぼを眺めながら進む。 坂東家の屋敷を目指す。この日は休館日であった。見沼公園入り口はすぐである。 バスに戻り、昼食となる。リーダーのSさんが皆さんに手作りのおにぎりとおかずなどを提供していた。リーダーともなると大変だ。 午後の部は傘を差して歩く。見沼代用水東縁を下る。きじを発見。ここはさいたま市の都会であるがまだ自然が残っていた。国昌寺を迂回して戻る。 近道が命とりとなる。また道に迷った。迷ったところから戻り、通行人に聞きながら、前進した。鷲神社は迷路なような道を進んでたどり着いた。 ここから東縁に戻り、橋を渡るが、ふみ跡の少ない道である。そのうち直進組みと右折組みに分かれてしまった。草むらの道であるが右側の方がまだましである。氷川社に着いた。直進組みも合流した。あまりぱっとしない社である。 神社を素通りして林の中を進む。女性達の悲鳴が上がる。どうやら蛇と遭遇したらしい。彼女らをなだめて、前進して、東縁に出る。 橋を渡って、前方の寺手前で左折した。真正面に立派な門構えの家に出る。どうやらここも案内するところらしい。 人が住んでいるので中には入らず、外観を見て、出発。 鷺沼公園に出る。 記念館に入る。スリッパが7,8人分しかない。団体さんが入館するには無理である。ここはカットするらしい。 鷺沼公園と見沼公園はつながっていた。 やっとバスが見えてほっとする。随分道を間違えた。まともに歩けば午前、午後1時間ずつあれば回ってこられる。トータル7時間は長かった。下見もはなはだ疲れるものである。                                                                                                                                                                                                              参考 1.コース 船橋6:00~安行道の駅7:30/8:00~セブンイレブン8:30~見沼公園8:48~七里公園10:06~旧坂東家宅12:00~バス駐車場12:30/13:30~国昌寺の先14:30~鷺沼公園15:39~見沼公園16:16発~川口SA~船橋17:30 歩行コース 約15Km(下見の距離)      2.概略図 

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