正則の山行記録2<北海道編>
義父の法要と道東の旅
10月12日
早朝、朝一番の新京成で京成津田沼駅へ。バスで羽田空港に到着。我々は早めに搭乗手続きしなければならない。JL1151便8時発がうまく取れた。問題は帰りである。まあ~運に任せよう。
天候に恵まれ、日高山脈を見下ろして、十勝平野の広い畑はパッチワークの図柄である。北海道の広さを間じかに感じる。帯広空港に着いた。連絡もよく、市内のバスに乗れる。息子達は次の便で来るので我々は市内で時間調整をしなければならない。まずは宿泊地のJRイン帯広へ行き、荷物を預ける。
フロントで情報を得て、市内見物。まずは藤丸デパートへ行った。がお休み。向かい側にある六花亭に入る。来たばかりなのにもうお土産の心配をする。お菓子にも温度管理の必要な物があるので、レンタカーに乗せっぱなしはよくない。配送が良いと判断。色々品定めをする。結局、亮、圭達もここへ来ることになるのでその時にまとめて買うことにした。
次に吟寿司のお店を探す。夕食はおいしい牛トロを食べる予定なのだが。京子の記憶で探したが見つからず。(実は店の前を通り過ぎていた)駅へ行った。観光案内所(駅の2階)のおねいさんが親身になって教えてくれた。市内パンフレットをもらい、印をつける。確かにこの前を通ったはずなのだがと頭を捻る。まあもう一度行けば分かるだろう。
次は長崎屋へ。腹が減っては動けない。3階の大衆食堂へ入り、私はちゃんぽんを食べる。
長崎屋の2階にある、妻ご用達の水産会社へ。店は工事中であり、且つ縮小されていた。妻は塩沢さんから頼まれたサキイカを大量に買い込む。我が家は氷下(こまい)を買い込む。
もう荷物で大変。駅へ向かい、亮たちが2時40分頃にバスターミナルに到着するので待合室で時間潰しをする。
私は疲れきっているので、ベンチでじっと座っていた。
バスターミナルで息子達一向を迎える。亜希子もバスから危なっかしそうに降りてきた。とりあえず、ホテルでチェックイン。それぞれ荷物を置き、皆で長崎屋の水産会社へ。
部屋に戻り、今度は六花亭へ行き、みやげ物を我が家へ配送手続きをした。雨が本格的に降ってきた。おばあちゃんの所へ行き、挨拶とお土産を置いてくる。タクシーでまたホテルに戻る。
吟寿司へ向かう。ホテルから予約していたので安心。お店には私が先頭で入る。京子も最後に入店して久しぶりの再会のあいさつを交わす。
牛トロは絶品だ。皆でおいしさに喜びの声で部屋中は盛り上がる。
2時間ほどでお開きして、妻もご主人に惜しみない別れを告げてホテルへ。
ああ疲れた!2階のお風呂に入り、すぐ寝た。
10月13日
帯広駅前の朝日を拝む。帯広もすっかり都会風である。ビルの隙間からまぶしい太陽を浴びる。
10時30分におばあちゃんの家に行けばよい。息子達もすっかり寝坊を決め付けていた。
我々は朝食を済ませ、荷造りを済ませる。圭達も起きてきたので、彼らは歩いていくと言い出した。それなら私も歩いていこうと決める。亮たちは亜希子がいるのでタクシーであとから来いということで早めに我々は歩いて出かける。
途中で亮のタクシーに追い抜かれる。
既にあーちゃんたちも着ていた。
A氏とB氏とそれぞれあいさつを交わす。狭い部屋は大賑わい。
11時にお坊さんがお経をあげてくれた。お坊さんが帰った後で、お弁当を食べる。
十勝川温泉のお迎えのバスが3時に来る。時間が空くのでおじいちゃんの眠っているお寺へ散歩がてら我が家と塩沢家で出かける。帯広川を渡って20分くらいである。
Bさんは犬の世話で遅れてくるのであとの人は全員、マイクロバスに乗り込む。観月苑に着いた。店内で記念撮影する。その後それぞれの部屋へ分散。
宴会まで時間があるので川へ降りる。私はすぐ引き返し、温泉へ浸る。
1階の広間で宴会が始まる。となりの部屋からはカラオケの大音響。おばあちゃんの短いあいさつで乾杯。アルコールが入るとそれぞれ皆さんの動きがバラバラに。亜希子も部屋の庭園で石いじりが始まった。そうこうしているうちに3時間も経ってしまった。部屋つきの女中も大変でした。ご迷惑をかけました。
私たちは部屋へ戻るともうぐっすり寝込んでしまった。
10月14日
大平原ホテルから熱気球2基が飛び立った。朝の十勝川温泉の見物のひとつらしい。
塩沢氏と亮と私は金場さんの車で帯広駅へ。レンタカーを借りて旅館へ戻る。
おばあちゃんとB子さんとA夫妻に別れを告げ、吾ら3台の車は一路、阿寒湖へ向かう。
天候の良い、平原から山中へ。高速道路から足寄の道の駅で休憩。松山千春の写真入り像がある。館内は駅車風に作られていて、子供受けする所だ。
阿寒湖の町に入り、湖畔の有料駐車場に。湖面には雄阿寒岳がきれいに浮かぶ。駐車場からもらった割引店で食事をすることに。1件目ではやる気がないのか断られてしまった。戻ってきて、船着場のお店の2階に入る。
長い道中になるので次は弟子屈の相撲館(名横綱大鵬の故郷)へ寄りたいが時間も余り余裕がないのでカットして、摩周湖へ。第1展望台は有料駐車場になっていたのでパスして、第3展望台へ。正解である。火口の小尾根を登ると霧のない摩周湖が眼下に。そして向かいのとがった山が際立って見える。残念にも私のカメラが電池切れとなる。
摩周湖を堪能して、来た道を戻り、今度はパイロット街道を一路、根室へ向かう。
これがまた長い。信号がなく、真直ぐ。途中牧場特有のにおいも。別海町あたりのコンビニで休憩。
スワン44根室の道の駅で休憩する。今日は納沙布岬まで行く予定。だが根室に着く頃には暗くなりそうだ。そのまま民宿ときわに向かう。
民宿ときわは工事関係者が長期宿泊しているようだ。夕食はテーブルに載り切れないほどの料理。花咲ガニがメインだが、それでも他の料理は食べきれない。りんちゃんは殆ど食べていない。亜希子がうるさいのでゆっくり食事が出来ないのである。(工事関係者は普通メニュー)6300円でこんなにサービスされるとはラッキー。
食後、根室駅まで散策に。真っ暗な駅舎には誰も居ない。まだ最終列車が終っていないにも関わらず。改札からホームに出る。そのホームも1本だけである。根室本線の終着駅で北海道最果ての駅である。淋しいところだ。(日本最東端の駅はひとつ手前の東根室駅である)
駅前には花咲ガニの販売所が多い。日中はまた風景が違うのかもしれない。
宿に戻り、妻と一緒に風呂に入る。熱いお風呂である。妻が入っているので私も我慢して入る。
10月15日
天気予報どおり、雨である。全体からすればほぼ天候に恵まれた方である。帯広、十勝川温泉、摩周湖は晴れだった。
7時にそれぞれ食事をする。8時に出発。圭達の部屋は2階の宿泊者がうるさくて眠れなかったそうだ。後日、民宿からお詫びのハガキが届いた。誰かが苦情のアンケートを書いたのでその返事がきたらしい。大事なことである。民宿の人が知らないままでは今後の経営にも禍根を残すことになる。店の為にも必要なアンケートであると思う。
民宿のご主人に別れを告げ最果ての納沙布岬へ。30分ほどで着いたが、雨が降り止まない。灯台の前で車中から写真取りしていたら、Cさんがタオルを頭に巻いて灯台にまっしぐら。そのあとを圭も真似て走っていった。なら我々も亮と私も真似て灯台へ。
ネズミ小僧姿の写真を撮りもれた。残念。
岬の売店に寄り、休憩をする。無愛想な男性がレジで突っ立っていた。余り感じの良いものではない。私は亜希子の世話役でお店の商品を悪戯しないように一緒にくっついて回る。皆さんがそれぞれの思い出のお土産を買えればそれでいいのだ。
9時を回り、飛行機の早便組みと最終便に分かれる。私と妻とみどりさんは早便。予約をしていないので、早めに行って手続きをするのである。満席なら搭乗不可となる。乗れるか乗れないかは「神のみぞ知る」である。リスクがあるが安いのでしょうがないのである。
我々1台は来た道と反対側を回る。あとの2台は夜のフライトなのでゆっくりしながら釧路の市場で食事をするとか。
お互いの行動を携帯電話でチェックしながら、行動を進める。
来たときの道の駅でトイレ休憩をする。
そのあとは根室本線と平行して進む。彼らも我々が出た後で例の道の駅へ寄ったらしい。
根室市内で満タンにし、釧路湿原道路を走り、午後12時30分頃に空港のトヨタレンターに車を返す。キャシュバックがあってよかった。
みどりさんに券売機の手続きを手伝ってもらい、無事搭乗できそうだ。 満席ながらセーフらしい。
2階のレストランで食事。みどりさんはえびカレー。小さいえびだと思ったら、大きなえびが2匹。さすが漁港の町釧路であると皆で感激の感想である。
定刻15時15分発、MD90、JL1146便。となりのデッキには札幌行きのANAのプロペラ機である。
満席の飛行機である。とてもいいことである。低迷する航空業界も頑張らなくては。
羽田に着き、夕食も早めに取って帰った。
私は明日早いので亮たちを待たずに寝た。
妻は彼らの帰宅を待っていた。
りんちゃんが羽田で気分を悪くして吐いたらしい。が帰宅したら食欲が出て回復したとか。
10月16日
亮たちは津田沼で夕食。私と妻で夕食する。
10月17日
私は遅番なので妻と亮たちを成田へ送る。空港内でNAAの仕事をしている田中さんと小林さんにばったり会った。皆さん元気そうである。空港で昼食し、私は妻を置いて、亮一家と別れる。
みなさんお疲れ様でした。
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